「自分の顔が、嫌いだったの」。友人が、10年前とは別人のように美女となった本当の理由

女は、仮面を被った生き物だ。

優しい微笑みの裏に、怒りや悲しみ、ときに秘密を隠し、本当の自分を偽りながら暮らしていく。

たとえば聖女のような女にだって、裏があるかもしれない。

それを美しい仮面で覆い隠しながら、生きているのだ。


◆これまでのあらすじ

恵子が高校生の頃、聖陽女学院で、ある一人の女生徒が、理由もわからず突然転校していった。

あれから10年。27歳となった恵子たちの前に、美しく姿を変えて現れた絹香。

絹香の家に招かれた恵子は、さくらの過去を知って驚く。そして、認知症を患う絹香の父親から「恵子さんは可哀想な子」と、聞かされて…?


「絹香、恵子さんは可哀想な子なんだから、仲良くしてあげなさい。社長から、くれぐれもよろしくと言われてるからね。」

―可哀想な子って…私が?

驚く恵子に笑顔で話しかける男性は、絹香の父親だ。

絹香から、父親は認知症を患っていることは聞いている。そのせいなのか、彼は目の前の恵子のことを、娘である絹香と勘違いしているようだ。

「あの、違います。私、恵子です。」
「…え?」

おろおろと否定する恵子に、絹香の父親は怪訝な顔を浮かべている。

どうしてよいかわからず絹香を呼びにいこうとした時、扉の向こうから、絹香が、コーヒーカップが乗ったトレイを持って現れた。

「お父さん、ここにいたのね。部屋に呼びに行ったらいないから。…どうしたの?」

父親と恵子の間に、何か異変を感じたのだろう。絹香は急いでトレイをテーブルに置くと、父親の背にそっと手を添えた。

「調子がよくなさそうね。そうだ、お昼の薬は飲んだの?恵子、少し待ってて。」

絹香に促され、父親は不思議そうに恵子を見ながら、娘と共に部屋を出て行ったのだった。

数分後、一人で戻ってきた絹香は、謝罪の言葉を口にするや否や、そっと扉を閉めた。

「恵子、何かあった…?」

「さっき、私のことを絹香だと勘違いしたお父様が、言ってたわ。私の父から、私と仲良くするように言われてるから、って。…一体、どういうこと?何もかもが、よくわからないんだけど!」

戸惑いながらも強い口調で話す恵子に、絹香は一瞬驚いた表情を見せた。しかしすぐに事態を理解したようで、ゆっくりとまばたきをする。

「そうよね、驚いたわよね。…順を追って話すわ。」

絹香は、呼吸を整えるように息を吐いた。

「私は、あなたのお父様に頼まれたの。だから、友達になるため、あなたに近づいたのよ。」

10年越しに明かされる、偽りの友人ごっこ…!

「でも、事情があって近づいたのは、あなただけじゃないの。」

ティーカップを恵子の目の前に置くと、絹香はソファに深く腰掛け、足を組み、穏やかな口調で語り始めた。

「中学に入学して暫く経った頃、萌が突然学校に来なくなった。」

クラス委員だった絹香は、担任と一緒に萌の家に行ったのだという。その時に萌の母親から「娘が学校でいじめにあっているかもしれないから、仲良くしてあげてほしい」と頼まれたらしい。

「あの子は人気者だったから、いじめとは無縁のはず。不思議に思って、本人に不登校の本当の理由を聞いたの。そしたら、テストで悪い点を取るとパパに怒られるから、学校に行きたくないんだって言ったのよ。」

思えば、そのころから虚言壁があったのね、と、絹香は昔を懐かしむように、微笑んだ。

「驚くと同時に、新鮮だった。

私が特待生であり続けるために必死で勉強している一方、苦労もなく聖女に通えることに何の感謝もない子がいるんだって。

僻みではなく、純粋に興味が湧いたのよ。だから、萌と友達になって、もっとこの子のことを知りたいと思ったの。」

テストでいい点を取るコツを教えてあげるというと、萌は喜んで学校に来るようになり、萌の母親は大喜びした。それ以降、萌の行動に何か不安があると、母親からは絹香のもとに連絡がくるようになったのだ。

「もちろん、私だってスパイをしたいわけじゃないから、萌にもそのことは伝えていたわ。デートの時のアリバイ作りにも協力したし、萌も私をうまく使ってたつもりだったんじゃないかしら。

…まあ、あまりにもバカな行動をした時には、萌ママに真実を伝えたけどね。」

―だから、萌が家出をした時に、萌ママから絹香に電話があったんだ。

恵子の頭の中で、さくらから聞いた過去の出来事と、絹香の話がつながった。

しかしまだ、肝心の恵子自身とのかかわりについて聞けていない。

カップに口をつけかけた絹香は、顔をしかめる恵子に気付いたのか、再びカップをテーブルに置くと話を始めた。

「萌と仲良くなってからは、テスト前の勉強会が恒例になった。そこに、さくらが加わったの。」


「将来は弁護士になる、っていうのが、さくらの口癖だったわ。ご両親ともに法律家だから、きっと小さいころからそう言われて育ったんでしょうね。

萌と違って、さくらは学年で上位5位以内に入ったこともあったんじゃないかな。でもその成績にはすごくムラがあったし、イライラしては揉め事を起こす、やっかいな生徒だったの。」

さくらがいうには、苦手な科目を勉強しているとストレスが溜まって、やる気がなくなってしまう。そこで絹香は、ストレスが爆発する前に解消できる方法を探したらいいんじゃないか、というアドバイスをしたのだった。

「それからは成績も精神も安定するようになって、先生たちも安心したみたいで、私の評価はさらに上がった。

…でも、もしかしたら、さくらのストレス解消法が“万引き”だったのかも。そうだとしたら、悪いこと教えちゃったわね。フフッ。」

先ほど聞いた、万引きをしていたというさくらの過去。

再びその話題を持ち出した絹香は、悪びれない子供のように、にっこりと笑った。

「そして、中学を卒業する直前に、父からあなたのことを聞いたのよ。社長直々の重要任務だ、と言ってね。」

すべて、特待生でいるための行動だったのか?絹香の本音が語られる。

―絹香が、萌とさくらと友達になったのは、偶然ではなかったってことよね…。そして、私も?

淡々とした口調とは全く異なる衝撃的な内容に、恵子の頭はついていかない。

「ねえ恵子。あなた、中学のとき、大変だったんですってね」

絹香の言葉に、恵子の心臓がどくんと跳ね上がる。

恵子は、高校に入る前はもともと、幼稚園から大学までエスカレーター式の、伝統ある一貫校に通っていたのだ。ところが…。

「だけど恵子、あなたは…。中学校で起きたある問題のせいで、そのまま高校へ進学することが難しい状況となったって…。そう聞いたわ。」

絹香に正面からじっと見つめられ、思わず恵子は目を逸らした。当時の思い出が少しずつ蘇り、胸のあたりがぎゅっと苦しくなる。

乃木家の人間は、代々その学校に通っていたため、それは、恵子の両親にとっても一大事だった。しかし、同じく伝統ある聖女の高等部に入学することがすんなり決まったため、家族一同ほっと胸をなでおろしたのだった。

「私が聖女の特待生だということを知ったあなたのお父様から、うちの父に連絡が来たらしいの。それまで社長と直接話したことのない父からすると、とても名誉なことだったらしいわ。すごく喜んでいたもの。

本来、高校からの入学はほぼ認められないようだけど、乃木家の御令嬢で、かつ模範生徒からの推薦もあるからって、あなたの入学はすぐに決まったみたい。

それで、前の学校の辛いことは忘れて、聖女では楽しい学生生活が送れるようにサポートしてほしいって、あなたのお父様が、うちの父に頼んだのよ。…娘想いの、いいお父様ね。」

どこまでが絹香の本心なのか、どこまでが真実なのかはわからないが、それよりも恵子にはどうしても確認しておきたいことがあった。

「…中学で何があったか、知ってる?」

絹香の憐れむような視線が、恵子を貫く。

「よっぽどのことだったんでしょ?そうじゃないと、あんな名門辞めないもの…ただ、萌やさくらの時と同じように、お嬢様にはお嬢様なりの辛さや悩みがあるんだろうなって、そう思ってた。だから、あなたたちの助けになりたいと思った気持ちに、嘘はないの。」


「始まりはどうであれ、私はあなたたちと友達になれたことは、本当に幸せなことだったわ。あなたたちがいなければ、今の私はないもの。…ねえ、これ見て。」

話を聞いてから黙りこんでしまった恵子の前に、絹香は一枚の写真を差し出した。

それは、恵子がこの部屋に入った直後に見た、アメリカで撮られたであろう家族写真だ。写真の中の絹香は、今の風貌とは違い、昔の顔のまま成長した姿で、そこに写っている。

「これは、父の病気が発覚した直後に撮った写真よ。すごくショックだったけど、我慢して笑って撮った。私の顔、いまと全然違うでしょ。」

「…整形、したの?」

触れられたくない過去の話から話題が逸れたことに、恵子はほっとした。それに、いかにも聞いてほしそうににやりと笑う絹香に促されるように、今まで聞きづらかった容姿について触れたのだった。

「ええ。」

恵子の質問に、絹香はゆっくりと頷く。

「聖女を辞めてから、悔しさをバネに必死に努力して、キャリアやある程度のお金は手に入れることができた。ダイエットだってありとあらゆる方法を試して、理想に近づけるように努力したわ。」

そう言うと、絹香は恵子の全身をじろっと見る。まるでお前は努力をしていないと言われているかのような居心地の悪さを、恵子は感じた。

「…でも、顔は、努力ではどうにでもならなかった。だから、整形したの。今まで父が悲しむと思って我慢していたけれど、病気の進行が進んだら、どちらにせよわからなくなってしまうと思って…ある意味自暴自棄だったのかもしれない。

けれど整形してからの方が人生が楽しくなったことは、確かだわ。私、前の顔は好きじゃなかったから。」

そう言うと、絹香は写真の中の自分自身に爪を立て、ぐりぐりとその指を動かした。

「だけどね、想定外のことが起こったの。だから、今日はあなたに家に来てもらったのよ。」


▶NEXT:10月17日 木曜更新予定
絹香の身に起こった”想定外”の事実とは?


▶明日10月11日(金)は、人気連載『呪われた家』

幸せな結婚生活を思い浮かべていた新妻。その儚い幻想が、見事に打ち砕かれたら?沙織(26)は、“家”を巡る恐怖の呪縛に追い詰められていく…。続きは、明日の連載をお楽しみに!













詳細はこちら >

画像をもっと見る

関連リンク

  • 10/10 5:01
  • 東京カレンダー

スポンサーリンク

記事の無断転載を禁じます