「もう帰りたい…」自慢話ばかりする男からのデートの誘いに、女が乗った理由とは

女には少なからず人生に一度、“大人の男”に恋する瞬間がある。

特に20代前半、社会人になりたての頃。

ヒヨコが生まれて初めて見たものを親だと思うように、先輩や上司に恋焦がれ、社内恋愛にハマる女性は多い。

だが場合によっては、その先にはとんでもない闇が待っている場合も…なくはないのだ。

◆これまでのあらすじ

関西に彼氏を残し、東京に飛び出して来た咲希。渋谷にある、人材派遣会社で働きだす。

新卒として働き始めたばかりの忙しい日々の中にも充実感を見出だし始めた頃、彼氏である悠からの連絡の頻度が減っていることに気がつく。

そんな中咲希は、同僚の海斗から食事に誘われるのだった。


―まだ返ってこない…。

飲み会終わり、咲希は少しの酔いを頭に抱えながら、渋谷からの最終電車に揺られていた。汗とお酒の匂いがする車内で、悠とのLINEでのやり取りを必死に遡る。

悠からの連絡の頻度が極端に減ったのは、ここ数週間のことだった。咲希のメッセージに対して、意味のあるようで無いスタンプだけが返ってきている。悠から送られてくるクマのスタンプは楽しげで、咲希のあせる気持ちなんて知る由もない。

考えるのはやめよう、そう思いスマホをポケットにしまう。

電車はいつの間にか地下を抜け、二子玉川の上を走っていた。真っ黒な川を窓越しに眺めていると、急に眠気がやってきた。意識がふんわりしてきた頃、ポケットでスマホが震えた。

―悠!

それまで咲希を覆っていた眠気は吹き飛ぶ。

慌ててスマホを取り出したが、咲希は画面を見るのを一瞬ためらった。悠のメッセージなら、見るのがなんとなく惜しい。それから悠じゃなかった時に、がっかりしないための準備だ。

吉沢圭太:今日はお疲れ様でした。気をつけて。

通知画面に表示されていたのは、悠からのものではなかった。しかし、圭太からの突然のメッセージに、残念な気持ちは、どこかへ行ってしまっていた。

圭太とはこれまでに社内でメールのやり取りはあったものの、個人的にLINEでメッセージが来たことはなかった。

咲希は、戸惑い半分、喜び半分でメッセージ画面を開く。

だが表示された画面を見て、自虐的に笑った。圭太からのメッセージは、咲希個人に宛てられたものではなく、先ほどの飲み会のメンバーのグループチャット内のものだった。

咲希は、ついさっきまで抱いていた自分の気持ちを恥ずかしく思う。顔を上げ電車の窓に映る自分を、思い切り鼻で笑ってやった。

すると、またスマホが震えた。

次は悠からのメッセージであったが、相変わらずクマが変な顔をしているだけだった。

彼氏からの素っ気ない返信…。そして海斗からの誘いに咲希はどう答える?

翌日、社内で使っているチャットに海斗からメッセージがきた。

「いつ飲みに行く?」

メッセージを見て、昨日海斗から食事に誘われていたことを思い出した。海斗から声をかけられた直後、そろそろ帰るぞと先輩たちが席を立ち出したので、返事をしないまま二人して慌てて席に戻ったのだった。

悠からは、昨日の夜に返事をした以来何も返ってきていない。

平日は一人で食事を済ませることが多い咲希にとっては、誰かと食事に行けることはありがたいお誘いだった。しかし、悠への罪悪感はないとは言えない。

ただの同僚とはいえ、悠は気持ちの良い思いはしないのではないかー。

そんな思いが咲希の脳内をよぎった。しかし悠へ送ったメッセージについている「既読」の二文字が、咲希の背中を押した。来週の火曜日の仕事終わり、海斗と食事に行くことにした。



「お待たせ、遅くなってごめん」

渋谷タワーレコード前で咲希と海斗は待ち合わせをしていた。咲希は申し訳なさそうに、海斗の元へ歩み寄る。待ち合わせ時刻は残業時間を見越して19時30分にしていたが、海斗の腕時計は、20時21分を指していた。

「会社出ようと思ったら、仕事頼まれちゃって」

咲希は、ハンカチで額の汗を拭う。

「いや大丈夫だよ、遅くまでお疲れ。行こっか」

海斗は、遅刻なんて何でもないという素振りで歩き出す。渋谷の人混みを歩き慣れていない咲希は必死でついて行くが、何となく落ち着かない。たまに振り返って海斗が話しかけてくれるが、会話の内容よりもポケットの振動の方が気になる。


悠からの連絡を待つようになってから、着信があるわけでもないのにスマホが振動するように感じることが多くなった。ファントム・バイブレーション・シンドロームというらしい。最近テレビのニュースで知った。

スマホ依存症ー。いや、悠からの連絡依存症か。なんて思考を巡らす。

海斗の会話は全く頭に入ってこない。悠のことを考える片手間に、適当な相槌を打って、愛想笑いをしているだけなのに彼は楽しそうに話している。だがその話に、まるで興味を示せなかった。

悠からの連絡が気になって誰かと楽しく話す気分ではなく、海斗の誘いに乗ったことを少し後悔していた。会話に相槌を打って、笑顔で話さなくてはならないくらいなら、一人で家で飲みながら、Netflixで映画を流しながらスマホを触っている方が、よっぽどマシだ。

「このお店でいい?結構オススメなんだ」

海斗の発言が、目の前の景色を忘れていた咲希を現実に引き戻す。海斗が指差すお店はテラス席のあるイタリアンバルだった。お店の雰囲気も良く、立て看板に書かれているメニューも美味しそうで、咲希の気持ちは少しばかり回復する。

2名いけますか?とお店に入って行く海斗の後ろ姿を見ながら、ここぞとばかりにスマホをチェックするが、悠からの通知はない。ファントムなんとかー。

「申し訳ありません、ただ今満席でして・・・」

海斗は呆気なく追い返されてきた。決して追い返されたわけではないのだが、咲希の目にはそう映ってしまう。

「平日だからいけると思ったんだけどね、どこか適当に入ろうか」

「安川くんが決めていいよ」

もう正直なんでもよかった。早く食べて早く帰ろう。咲希のスマホの画面は20時38分を示していた。

楽しくない時間…。だがその最中に、”ある人”の名前が出て…?

二人は先ほどのイタリアンバルから5分ほど歩いた場所にある食事もできると謳うバーにいた。二軒目使いとしては文句のつけようがないお店だ。

「ーでさ、その時のクライアントが新人の俺ばっかり責めてくんの」

店に入ってから海斗の苦労話が続く。

「それは大変だったね」

「とは言っても、俺も新人だからわかんないじゃん。だからさー」

海斗の話は一体どこに着地するのだろうか。ひたすら続く苦労話と自慢話の中間を取ったような話。

咲希は海斗の肩越しに見えるお店の壁の模様が、人の顔に見える箇所の数を数えていた。スマホは存在を忘れるように、バッグに入れて荷物入れにしまっている。


「ーそこでさ、圭太さんがガツンと言ってくれたわけよ」

それまで海斗の言葉は沙希の鼓膜を揺らすだけで脳にまでは到達していなかったが、「圭太さん」という言葉に、神経が反応する。

「圭太さん?」

海斗に悟られないように、平静を装う。

「吉沢さんね、企画部のマネージャーの。沙希ちゃん知らなかったっけ」

「あ、知ってるよ。前川さんに用事があるみたいでよく営業部にも来てるし。それに、この前飲み会一緒だったじゃん、ほとんど喋ったことないけど」

「そっかそっか、それでさー」

この人は会話のキャッチボールを楽しむことを知らないのだろうか。お店の時計が22時15分を少し過ぎた頃、じゃあそろそろと咲希は立ち上がる。

「二軒目、行く?」

唐突に増やされた「帰る」以外の選択肢に、なぜか怒りに似た感情が込み上げてくる。

「どうしようかな、でもごめん明日も仕事だし今日はー」

「一杯だけ、どう?俺多めに出すし」

被せ気味に海斗が答える。

「あ、いや本当に明日早いんだ、また今度にしてもらっていい?」

その誘いをなんとか回避し、渋谷駅のホームで別れた。海斗は田園都市線の改札口まで送ってくれたが、咲希は彼がここからどの路線で帰るのかは知らなかった。



海斗と別れた咲希はバッグからスマホを取り出す。通知は3件。

RIEKO MAEKAWA:
お疲れさま!明日、9時〜ミーティングルームAで企画部と合同MTG、咲希ちゃんも入ってね。じゃあ、おやすみ!

まつだゆう:
おつかれ〜

カイトっち:
二軒目行きたかったわ!次いつ行こ?

海斗のメッセージにくっついているサングラスをかけた顔文字が、今日の彼の全てを物語っているような気がした。

「おつかれ~」という悠からの素っ気ないメッセージに気持ちが沈むが、明日の合同ミーティングに少し心を弾ませている自分に気がつく。圭太とはほとんど会話をしたことはないが、なぜか目を引かれるのだ。

咲希は梨江子にだけ簡単な返事をして、メッセージ画面を閉じた。


▶︎NEXT:10月17日 木曜更新予定
ほとんど話したことのない圭太に何故か心惹かれる咲希。翌朝のミーティングで新たな展開が・・・?


▶明日10月11日(金)は、人気連載『呪われた家』

幸せな結婚生活を思い浮かべていた新妻。その儚い幻想が、見事に打ち砕かれたら?沙織(26)は、“家”を巡る恐怖の呪縛に追い詰められていく…。続きは、明日の連載をお楽しみに!













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