二・二六事件はどう描かれてきたか更に検証「パトレイバー」にも登場した事件のイメージ

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エンターテインメントとなった二・二六事件


二・二六事件を題材にした映画の大半は、前編で見てきたように、青年将校の側から描かれている。その意味で、襲撃された側から事件を描いた『二・二六事件 脱出』(1961年)は異色だ。タイトルにあるとおり、首相官邸で一命を取り留めた岡田啓介首相の脱出劇をもとにしている。原作は、実際に事件のさなかに救出作戦を実行した憲兵の小坂慶助の手記『特高』で、劇中では小坂(劇中では小宮)を若き日の高倉健、一緒に作戦に参加する首相秘書官・迫水久常(同・速水)を三國連太郎が演じている(高倉と三國といえば、この4年後に公開された映画『飢餓海峡』での共演が思い出される)。

実話をもとにした脱出劇といえば、1979年のイランのアメリカ大使館占拠事件における人質救出作戦を描いた『アルゴ』(2012年)などの外国映画が思い浮かぶが、まさか二・二六事件を題材に、これほどスリルとサスペンスに満ちたエンターテインメント作品が60年近く前につくられていたとは驚かされる。いまリメイクしても、結構ウケるのではないだろうか。本作はまた、多くの二・二六映画では青年将校が純粋な若者たちとして登場するのに対し、憲兵を露骨に見下すなど、エリート意識が鼻につく存在として描かれている点でも異色である。

なお『脱出』に出演した三國連太郎は、吉田喜重監督の『戒厳令』(1973年)で、青年将校に思想的な影響を与えた北一輝を演じている。本作では、脚本を不条理劇の第一人者である劇作家の別役実、音楽を電子音楽など前衛的な手法で知られる一柳慧が手がけ、二・二六事件もかなり観念的に描かれた。

北一輝は前編でとりあげた『叛乱』をはじめ、映画にもたびたび登場してきた。なかでも意外な出方をするのが、鈴木清順監督の『けんかえれじい』(1966年)である。主人公の中学生・南部麒六(高橋英樹)はケンカに明け暮れるなか、ある日、会津若松の行きつけのカフェで、女給の俳句の師匠だという男と出会う。それが北一輝だった。その雰囲気にただならぬものを感じた麒六は、その後、二・二六事件の報に接し、指名手配写真で男の正体を知るや、いても立ってもいられず、そのまま汽車で東京に向かう。このラストは、鈴木隆の原作小説にも新藤兼人の脚本にもなく、監督の鈴木清順が独自に付け足したものであった。

テレビドラマで描かれた二・二六事件


前出の『脱出』と同じく、二・二六事件を襲撃される側から描いた映像作品としてはほかに、TBSで放送されたスペシャルドラマ『熱い嵐』がある。これは高橋是清の生涯を森繁久彌の主演で描いたもので、高橋の44回目の命日となる1979年2月26日に放送された。終盤では、高橋が大蔵大臣として軍事予算の追加を求める陸軍と対立、青年将校が不穏な動きを見せるなか、側近たちから不測の事態に備えるよう進言されるも突っぱね、けっしてひるまない姿が印象に残る。主演の森繁は高橋にそっくりだった。

これと前後して、二・二六事件から40年が経った1976年にはNHKでも『妻たちの2・26事件』というドラマが放送されている。いまのところソフト化も、NHKアーカイブスでの公開などもしておらず、こちらは観ることがかなわなかった。

TBSのディレクター・プロデューサーだった久世光彦は、多くのテレビドラマでタッグを組んだ脚本家の向田邦子と、まだそれほど親しくなかったころに一度だけ、二・二六事件をドラマにできないかと話し合ったことがあったという。それは、二・二六事件の首謀者の一人と娼婦の悲恋を描くという話だったが、《いろいろ話しているうちに、何だか『忠臣蔵』の四十八人目の男みたいになってきてやめてしまった》らしい(久世光彦『触れもせで──向田邦子との二十年』講談社)。

1981年に向田が亡くなってから、久世は向田作品をドラマ化して毎年正月に放送するようになるが、そのうちの1作『麗子の足』(1986年)には二・二六事件が出てくる。それは、三人姉妹の長女(田中裕子)と、そのいとこで軍医の青年(永島敏行)が互いに思いを寄せていることに気づきながら、青年が決起に参加、事件後に自決したため結ばれないまま終わるという筋立てだった。本作の脚本は寺内小春で、向田の同名エッセイをヒントにしながらも、久世のこだわりや嗜好が強く反映されていた。

久世は後年、小説も手がけるようになったが、かつて向田と話し合った青年将校と娼婦の悲恋は『陛下』(1996年)という作品に結実することになった。なお、宮部みゆきも『陛下』と同年に、二・二六事件を題材としたタイムスリップ物の長編『蒲生邸事件』を発表し、のちにドラマ化(1998年)もされている。

二・二六のイメージをなぞる


二・二六事件から3ヵ月後、まだ戒厳令が続いていた東京で、愛人の男を殺害し、その局部を切り取って逃亡していた女が逮捕される。女の名前から阿部定事件と呼ばれるこの事件はセンセーショナルに報じられ、国民の耳目を集めた。阿部定事件もまた、たびたび映画化されてきた。大島渚監督の『愛のコリーダ』(1976年)はその一つである。本作には、藤竜也演じる石田吉蔵が、定と愛欲の日々を送るなか、ひとり町を歩いていたところ、兵士たちの隊列とすれ違う場面がある。二・二六事件後、軍部が力を強めていく時代にあって、吉蔵が世間に背を向けるさまがうかがえるシーンだった。

『愛のコリーダ』に続き大島が世の話題をさらった『戦場のメリークリスマス』(1983年)では、坂本龍一演じるヨノイ大尉が、二・二六事件直前に満州に赴任したため二・二六事件に参加できなかったと打ち明ける場面があった。ちなみに坂本龍一は学生運動にのめり込んでいた高校時代、「青年日本の歌(昭和維新の歌)」をよく歌っていたという。この歌は、五・一五事件に連座した海軍青年将校の三上卓がつくったもので、二・二六事件の青年将校のあいだでも愛唱された。坂本のエピソードは、前編に書いたように、1970年安保を前に学生運動に参加した若者たちが、右翼的心情に共感していたことを示す証拠といえる。

坂本と同年代の映画監督・押井守も、二・二六事件のイメージをたびたび自作に反映している。『機動警察パトレイバー』のOVA(オリジナルビデオアニメ)シリーズの第5〜6話「二課の一番長い日」(1989年)は、陸上自衛隊員の部隊がクーデターを起こして東京を制圧するという話だった。その前編のラストでは、クーデター発生の報を受けて、北海道にいた警視庁特車二課の泉野明と篠原遊馬が汽車に乗って東京に向かう。そのシーンは、前出の『けんかえれじい』のラストシーンへのオマージュとなっていた。押井はさらに劇場アニメ『機動警察パトレイバー 2 the Movie』(1993年)では、大雪の降った東京で自衛隊が治安出動し、各所に部隊が配置される様子を描いた(時代設定は2002年)。これも二・二六事件のイメージをなぞったものといえる。

21世紀に入ってからの作品では、篠田正浩監督の引退作となった映画『スパイ・ゾルゲ』(2003年)にも二・二六事件が一挿話として出てくる。本作の主人公で、ジャーナリストとして日本に滞在していた(じつはソ連共産党員として諜報活動を行なっていた)ドイツ人リヒャルト・ゾルゲ(イアン・グレン)は事件発生を、協力者だった尾崎秀実(ほつみ/本木雅弘)から知らされると、ドイツ大使館に赴いて車を出してもらい、東京の各所をまわりながら情報を収集する。劇中ではまた、尾崎の勤務していた東京朝日新聞社が青年将校に襲撃される様子も描かれていた。

なお、『スパイ・ゾルゲ』は戦前の東京の風景などをCGによる大規模な合成で再現したことで、公開当時、話題を呼んだ。再現した風景の色合いがモノクロ写真に彩色したようでもあり、その点が『いだてん』の映像にも通じる。

このように二・二六事件は、1990年代以降もさまざまな映像作品でとりあげられてきた。しかし、かつての『叛乱』や『226』などのように真正面から事件をとりあげた大作はめっきりなくなった。

この間、二・二六事件の研究は、新資料の公開もあって急速に進み、事件の実像もかなりくわしくあきらかとなっている。かつて青年将校たちに対しては、その「無計画性・非現実性」を指摘する論調が強かったが、その後の研究により、彼らはかなり綿密なクーデター政権奪取計画を企てていたことが判明している。計画は、それにいち早く気づいた内大臣秘書官長の木戸幸一が、昭和天皇に反乱軍の鎮圧を強く訴えたため、結果的に実現にはいたらなかった。だが、木戸の働きがなければ、青年将校の構想が実現する可能性はきわめて高かったとする見方もある(筒井清忠『二・二六事件とその時代』ちくま学芸文庫)。研究であきらかになったこうした政治的駆け引きを中心に事件を描いたのなら、これまでとはまた違った二・二六映画・ドラマができるような気がするのだが。(近藤正高)

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