「いだてん」二・二六事件直後、来日したIOC会長全力接待作戦決行!清さん久々に車を走らせる34話

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田畑、新聞社を襲撃した青年将校に立ち向かう


田畑政治(阿部サダヲ)が政治記者として面識のあった蔵相・高橋是清(萩原健一)は青年将校らに殺害され、田畑の勤務する朝日新聞社も「国賊新聞を叩きつぶす」として襲撃された。その騒ぎのなか、田畑の上司・緒方竹虎(リリー・フランキー)は、拳銃を構えた青年将校に近づいて名刺を差し出すと、まず女性や子供(新聞社には原稿係などで少年たちも働いていた)を社外に出すまで待つよう説得する。その後、青年将校たちは仕事場に侵入し、社内を荒らしまわった。それに田畑は無謀にも立ち向かい、負傷する。ロサンゼルスオリンピックで選手団で撮った写真を踏みにじられるのが許せなかったのだ。

事件発生当日には、のちの志ん生、美濃部孝蔵(森山未來)は家族で引っ越しのあと、ラジオに出演する予定だったが、中止となる。熊本でも、金栗四三が嘉納治五郎(役所広司)の誘いを受けて、家族に黙って上京する予定がいったん中止せざるをえなかった。何事もなかったように帰宅すると、義母の池部幾江(大竹しのぶ)がラジオのニュースに聴き入っていた。

戒厳令下の東京でIOC会長を迎える


青年将校たちによるクーデターは、天皇の命令により鎮圧されて収束する。しかし東京に出された戒厳令はなおも続いた。そのなかで、1940年の東京オリンピック招致を目指す嘉納たちは、日本を知ってもらうべく招待したIOC会長のラトゥール(ヤッペ・クラース)を迎えることになる。1936年3月19日、東京に着いたラトゥールはオリンピック招致委員会を訪問、彼の母国ベルギー国旗を持った子供たちの歌うオリンピック応援歌「走れ、大地を」で迎えられる。

ラトゥールの訪日を前に、招致委員会では彼に見てもらうべき場所を選んでいた。神宮外苑競技場のほかにも、歌舞伎や相撲など日本文化にも触れてもらいたい。それらを見てまわるには戒厳令下の東京を横断することになる。となれば、専用の車と抜け道にくわしい運転手が必要だ。そこで嘉納はそれにふさわしい男がいると思いつく。はたして視察初日、現れたのは元車夫の清さん(峯田和伸)とその妻・小梅(橋本愛)だった。嘉納とはじつに1923年の関東大震災直後の復興運動会以来、13年ぶりの再会だ。清さんは、自動車ではなく、昔と変わらず人力車にラトゥールを乗せて東京中を回ることになる。案内役を務めるのは田畑だ。

神宮外苑競技場では、震災直後にここが避難所として開放されたことを嘉納が説明する。ラトゥールもまた、第一次世界大戦で大きな痛手を受けた母国の首都アントワープでオリンピックを開催した経験を持つ。それだけに嘉納は、復興した東京を世界に示すためオリンピックを開きたいと訴える。このとき競技場では、ベルリンオリンピックに向けてマラソンの孫基禎と南昇竜が練習していた。いずれも当時日本の統治下にあった朝鮮の選手であり、四三と同じ播磨屋のマラソン足袋を使っていた。

ラトゥールは続けて岸清一の墓参りをして、YMCAプールも視察、さらに寄席にも訪れた。そこでは金原亭馬生を名乗っていた孝蔵が「目黒のさんま」を演じていた。清さんは出演を終えた孝蔵と、つかのまの再会を喜ぶ。

視察はまだ続く。清さんは抜け道だと言って車を路地裏に走らせると、そこでは子供たちがさまざまな遊びに興じていた。駆けっこで1等になった男の子は、女の子から頭に月桂冠をかぶせてもらう。その様子にラトゥールは「Les Jeux Olympiques(オリンピック)!」と大喜び。清さんと田畑も「オリンピック? ああ、下町オリンピックだ」と応じる。このとき、空腹を訴えたラトゥールに、清さんは持参した日の丸弁当をごちそうした。

このあと、ラトゥールは講道館で嘉納に柔道の稽古をつけてもらっていたところ、そこに杉村陽太郎(加藤雅也)がいることに気づく。先のIOC総会では、杉村が事前にムッソリーニと面会してオリンピックを譲ってもらう工作をしていたのが発覚し、ラトゥールと対立していた。そこで嘉納は、工作が自分の指示であったことを打ち明けると、杉村とともに謝罪した。そのうえで、あらためて東京でのオリンピック開催への熱意を訴え、「もし東京でオリンピックをやってくれたら、あなたの株を下げるようなことは絶対にやらん! 最高のアジア初の歴史に残る世紀の祭典にしてみせる」と約束するのだった。

視察最終日、朝日新聞社を訪れたラトゥールは、「この国では子供でさえもオリンピックを知っている」「戒厳令の町で子供はスポーツに夢中だ」「オリンピック精神が満ちている」と、路地裏で見た子供たちと交流した喜びを語り、ついに「オリンピックはアジアに来るべきだ」と口にする。ラトゥールが子供との交流を通じて東京開催に傾くという展開には、「いだてん」の第1回で、1964年の東京オリンピック招致にあたり最終スピーチを行なった平沢和重(星野源)が、日本の子供たちの使う教科書にオリンピックがとりあげられていることを紹介していたのを思い出した(現実の時間の流れでいえば逆ではあるが)。

東京オリンピックは「目黒のさんま」になるのか


ラトゥールの発言を受けて、ある記者が「ということは委員長、1940年のオリンピックは東京に来ると見て間違いないですね?」と訊くと、ラトゥールに代わって寄席の五りんが「うむ。オリンピックは東京にかぎる」と答える。「目黒のさんま」のサゲのもじりだ。

第34話のラトゥール訪日のエピソードは、サゲだけでなく、何かにつけて「目黒のさんま」が下敷きになっていた。考えてみれば、この落語は、目黒まで遠出をした殿様が地元の人からさんまをごちそうになるというところをとれば、おもてなしの噺といえなくもない。ラトゥールが清さんからさんまならぬ日の丸弁当をごちそうになったのも、それを踏まえてのことだった。

ちなみに「目黒のさんま」では、すっかりさんまの味に魅せられた殿様が、後日、城内で食べたい物を訊かれて迷わずさんまと答える。だが、家来たちは殿様に何か不都合があってはならないと、サンマから骨を抜き取り、さらにバサバサになってしまったその姿が見栄えがよくないと、吸い物にして御膳に出した。殿様はかろうじて残った匂いから、それがさんまだと気づく。殿様はさんまを所望しながら、結局、すっかり骨抜きにされ、その匂いだけしか味わえなかったのだ。これは1940年の東京オリンピックを思えば、何やら暗示的でもある。事実、このオリンピックはのちにさんまならぬウナギに引っかけて「鰻香オリンピック」とも呼ばれることになるのだが……。

思わず話が先走ったが、きょう放送の第35話では、ベルリンオリンピックが開幕する。ムッソリーニに続き、今度はヒトラーが登場するようだが、田畑たちはどんなふうに接するのだろうか。幾江から許しを得て、再び上京した金栗四三が、オリンピック招致でどのような活躍を見せるのかも気になるところだ。
(近藤正高)

※「いだてん」第34回「226」
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺・古今亭志ん生:ビートたけし
タイトルバック画:山口晃
タイトルバック製作:上田大樹
制作統括:訓覇圭、清水拓哉
演出:一木正恵
※放送は毎週日曜、総合テレビでは午後8時、BSプレミアムでは午後6時、BS4Kでは午前9時から。各話は総合テレビでの放送後、午後9時よりNHKオンデマンドで配信中(ただし現在、一部の回は配信停止中)

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