歴代総理の胆力「浜口雄幸」(1)厳めしい風貌から「ライオン宰相」と呼ばれた

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 高橋是清が内閣改造で行き詰まり政権を投げ出したあと、政権は加藤友三郎(かとうともさぶろう)、清浦奎吾(きようらけいご)、加藤高明(かとうたかあき)、若槻礼次郎(わかつきれいじろう)、田中義一(たなかぎいち)が次々と担った。

 加藤(友)は「不戦海軍」出身で、軍縮で成果を上げるなど抜群の見識と勇気を示したが、惜しむらく総理在任中に病死した。清浦は、元老・山県有朋の腹心で、政党政治の流れに対抗した。司法畑の官僚としては優秀だったが、総理としてはいかにも情熱が不足していた。一方、加藤(高)は、政友会に対峙する憲政会から初めて出た総理だった。外交官から政界に転じ、大向こうをうならせることはなかったが、護憲派として日ソ国交回復、普通選挙法実施、治安維持法改正、軍縮などで実績を上げた。リーダーシップはなかなかのものがあった。

 若槻は、加藤(高)の急死を受けての総理だったが金融恐慌の荒波を受けて内閣を投げ出している。のちの太平洋戦争開戦前の御前会議で時の東条英機(とうじょうひでき)総理を徹底的に批判したことでも知られている。また、田中は、「おらが総理」と呼ばれ、大衆人気は高かったが、思想弾圧、大陸への積極政策をとり、政党政治からファッショ体制への曲がり角にも立った総理でもあった。

 こうした大正デモクラシーの終焉、昭和初期の経済大恐慌を前に登場したのが、その厳めしい風貌から「ライオン宰相」と呼ばれた浜口雄幸であった。根回しに頼らず、己の信念に突き進んだことではこの浜口に負けず劣らずだったのちの総理・小泉純一郎が風貌ともども浜口に擬せられた形で、「ライオン総理」の異名があったのは記憶に新しいところである。

 また、浜口は人物高潔、謹厳居士で、国民に緊縮財政を甘受させることから、政治家、官僚にも痛みを分け合うことを要求した。総理になってすぐ、官邸、官庁の自動車を大幅削減、官僚の給料減額を断行したということである。“大臣病”議員諸君!「自動車に乗りたくば運転手になるがいい。官邸に住みたければ小使に雇わるるがいいのではないか」の弁は、大正13(1924)年、自らが総理大臣になる5年ほど前、あまりに大臣病患者が多いことにアキレての一言ということだった。時代は変わっても、政界は大臣病患者が蝟集(いしゅう)している。「ライオン宰相」の言葉は、いまにして“有効”ということである。

 さて、総理となった浜口の政策は対外的には国際協調、国内的には緊縮財政の2本立てであった。しかし、この2本立て政策が結局は浜口内閣を追い込み、ついには凶弾に斃(たお)れることになるのだった。

 言行一致は浜口の持ち味だったが、この2本柱の政策にも一貫性があった。第一次大戦後、好況の反動としての不況があり、そこからの脱出すなわち経済の立て直しにまずロンドン軍縮会議で米英との国際協調路線を取り、軍縮を成功させたうえで民間経済の立て直し策を推進する手法をとった。そのために、金解禁政策を断行するというものだった。経済の立て直しには、当時の世界のスタンダードだった金本位制しかないとの考えで臨んだということだった。

 ちなみに、金解禁とは、金の輸出を自由化することに改めることである。また、金本位制とは、金を通貨の基準とする制度である。時に、米国経済は金本位制のもとで絶好調、浜口がその“手法”をにらんだことは想像に難くなかった。

 そもそも金本位制を導入するには、緊縮財政で臨むことが要求される。結局、浜口は不況で不満のたまる国民に、さらなる景気の引き締め策で臨み、金解禁の必要性も説き続けたのだった。ために、農村経済は一層の疲弊に追い込まれた。

 しかし、やがて米国が大恐慌に突入したことにより、金解禁政策は失敗、一方で対外政策としての軍縮が、軍部、右翼の反発を助長した。ロンドン軍縮会議での妥協が、とりわけ海軍軍令部の反発を招き、野党の政友会からは「軍令部の同意なしで妥協しての兵力量決定は、国防上の問題にして“統帥権干犯(とうすいけんかんぱん)”のおそれがある」との強い突き上げを受けたのだった。

■浜口雄幸の略歴

明治3(1870)年4月1日、高知県長岡郡生まれ。大蔵省入省。立憲民政党総裁。浜口内閣組織で、世界恐慌に遭遇。総理就任時、59歳。昭和5(1930)年11月14日、東京駅にて狙撃される。翌6年4月14日、総理辞任。同年8月26日、61歳で死去。

総理大臣歴:第27代1929年7月2日~1931年4月14日

小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。

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