「結局、2人きりになっちゃったね…」初デートの夜に発覚した、好きな男の女性関係

「その10年が人生を決める」とも言われる、20代。

大半は自分の理想や夢を追い、自分の欲に素直になって、その10年を駆け抜けていく。

しかし中には事情を抱え、20代でそれは叶わず、30代を迎える者もいる。

この物語の主人公・藤沢千尋は病に倒れた母のため、都会に憧れつつも地元の愛媛に残り20代を過ごす。

しかし母が他界したことをきっかけに、30歳にして初上京。そのまま婚活デビューを果たすが、癖の強すぎる弁護士・春樹に掴まったり、若手にマウントをかけられたりと大苦戦…。

そんな中、再会した高校時代の先輩・良太からアプローチを受けるも彼が既婚者であることが発覚してしまう。

そして父の入院により愛媛に帰省した千尋は、もう一度今の生活を見つめ直し始めて…?


―私、本当に上京して正解だったのかな…。

東京へと飛び立つ飛行機の中で、千尋は小さくなっていく街をぼんやりと眺める。

久しぶりに帰った故郷は、以前となんら変わりなかったが、病室の父はそうではなかった。

2,3日後には退院できるくらいの病状だと聞き安心したものの、この数ヵ月間で、明らかに年をとっていたのだ。

「どうだ、東京は」

千尋はそう問いかけられて、返事につまった。報告できそうな話が何も思いつかない。

「友だちはできたか?」

婚活に精を出していた自分を思い返し、ふいに心が痛む。ごまかすように千尋は笑った。

「小学生じゃないんだから。大丈夫だよ」

そんなやりとりを思い返す。

―父を残して上京したのに。

毎日会社に行って、何となく婚活して…。本当に流されるように過ごして、これでいいのだろうか?

やがて、飛行機の窓から見える景色は雲で覆われ始めた。

ふいに千尋は思う。

―私、失った時間に縛られすぎている―?

どんな20代であったとしても、過去であることは変わりないのに。そのとき果たせなかったことにばかり目を向けていた気がした。

―今、31歳の自分が本当にやりたいことをやらないと…!

東京に戻った千尋は速水と鉢合わせ、意外な展開に…?

月末、溜まってしまった仕事を片付けるために、千尋は初めて休日出勤した。

以前は土日になれば茉莉に連れられ婚活に勤しんでいたが、今はそんな気分にもなれず、誘いも断ってばかりだ。

―なんか、色々あって、振り出しに戻った感じだな…。

そんなことを思いながら、週末のゆったりした空気の流れる電車に1人揺られて、事務所へと向かう。

14時過ぎに事務所につくと、すでに鍵が開いていた。

“僕は土日も事務所にいますよ”

速水がいつか、週末の過ごし方を聞かれてそう答えていたことを思い出す。会いたいような、会いたくないような、複雑に気持ちが混ざり合った。

そっとドアを開くと、仕事をしていたのは主任の松井さんだった。

―松井さん、か…。

やっぱり会いたかったのだと認めざるを得なかった。

「お疲れ様です」

「珍しいね」

「仕事が終わらなくて」

「…藤沢さん、最近振られてる仕事増えてるの気づいてた?部長の期待の裏返し」

「そうなんですか?ありがとうございます」

振り出しに戻ったと思い込んでいたけれど、積み上げてきたものも確かにあるのだと気づいた。



軽食を取りながら仕事を進め、19時を過ぎた頃、静寂を破るようにガチャリとドアが開いた。

立っていたのは、速水だった。

「あれ、先生、また戻ってきたんですか?」

松井さんが呆れるように話しかける。

「ちょっと書類をね…」

言いかけて千尋に気づいた。

「もう、ご実家のことは、大丈夫?」

「ご迷惑おかけしました、大丈夫です」

ゆっくり答えた。まっすぐに速水を見据えるのは久しぶりだと思いながら。避けていたのは他でもない自分自身なのに。

「もう僕は終わりますけど、みなさんは?」

松井さんが尋ねる。残る人は誰もいなかった。

「明日祝日ですし、飲みにでも行きますか?」

松井さんが明るい声でそう言ったとき、千尋はわずかに心臓が跳ねるのを見逃すことができなかった。


「結局2人になっちゃったね」

事務所を出る直前になって、子どもが熱を出したという電話が松井さんのもとに入り、結局彼は帰宅することになった。せっかくだから2人で楽しんで、と言葉を残して。

そして今、西麻布の『GOBLIN』のカウンターに速水と並んでいる。

そういえばさ、と速水が話題をつくる。初めて目線が同じ高さになったなと、千尋はそんなことを考えていた。

「春樹とはどこで出会ったの?そういえば聞いてなかったなって」

取り繕う気が起きなくて、本当のことを言ってみる。

「婚活パーティーです」

「婚活、パーティー?」

初めて聞く言葉のように繰り返す。その姿が可愛らしく映った。

「あいつ、結婚したいのかー。変わり者だけど、意外とすごいんだよ。転んでもただじゃ起きない」

相変わらず、速水は春樹を推している。

「司法試験、一回落ちてるんだ、あいつ。でもバイトしながら猛勉強して、翌年受かってさ。学校の成績も、そこまで良くなかったけど、みんなの予想を見事に裏切ったよね」

「…でも、速水先生は受かるって信じてたんじゃないですか?」

なんでわかるの、という顔をする。千尋は答えずに笑った。

完璧すぎる速水が引きずっていた、20代の恋愛とは

「先生って…、失敗したことあるんですか?」

「あるよ。大門未知子じゃないんだから」

ぽかんとした顔で速水を見つめていたのか、彼が照れながら冗談を撤回した。

「あ、ごめん。『わたし失敗しないので』がキメ台詞の、ヒットドラマのキャラクターなんだけど」

「いえ…先生が冗談言うと思わなくて…」

速水が苦笑する。

「ほら、僕の冗談は失敗率が高いよ」

そのとき、この人はすごいな、と千尋は感服した。手ごわい、といった方が正しいだろうか。尋ねればなんだって答えてくれるのに核心には迫れない。

「先生はいつも本音を見せないですね」

彼がわずかに沈黙する。そして、切り出した。

「…ロースクールにいた頃、付き合っていた人がいて、一緒に弁護士を目指してたんだ」

速水はグラスに手を添えて、どこか遠くを見つめる。まつげが意外に長く影を落としていた。

「いつか結婚するんだろうなって、まあ、僕が一方的にだったのかな…、そう思ってた」

ようやくワインを口に含む。千尋は見守るように見つめていた。

「でも、司法試験に僕だけが受かって、彼女は落ちたんだよ。僕から見ても、彼女の方が弁護士への情熱は強かったのに」

以前、どうして弁護士になろうと思ったのかと尋ねたときに、結局親が弁護士だったからかなと告げたのを思い出した。

「落ち込んでいた彼女に、なんて言葉をかければいいのか分からなくて。自慢じゃないけど、試験に落ちたことが僕にはなくて、気持ちを汲み取れなかったんだ」

そこで張り詰めた空気に気づいた速水が、急に笑顔をつくる。

「藤沢さん、そんなに怖い顔しないで食べて」

「あっ、でも最後まで…ちゃんと聞きます。もちろん、嫌じゃなければ」

そうだね、と速水は千尋の妙な義務感に駆られた感じがおかしかったのか、頬を緩めて続けた。

「…それで、結局彼女は地元の奈良に帰ったんだ。その選択が、僕には信じられなかった」

「諦めてほしくなかったってことですか?」

「ううん。別にそれはどちらでも構わないよ。人として好きだったから、弁護士になれなくても、ならなくても。

ただ、僕は何の疑いもなく、ずっと隣にいるものだと信じきっていたから。試験の失敗ごとき…って言うと感じ悪いけど、でも僕がそれに負けるとは想像してなかったんだよね」

速水が誰かのことを“好き”とストレートに表現したことに、体が反応した。何歳になっても、それ以上の言葉は見つけられないのだ。

「だからさ…、しばらくは焦りもしなくて。帰ってくるって信じてたから。でも、何ヵ月たっても戻ってこなくて、ああ本当に終わったんだなって、気づいたときには1年近く経ってたんじゃないかな」

自身の見込みの甘さに呆れるように、また笑う。でもどこかに後悔が滲んでいるような顔つきで。

「まだ…引きずっていますか?」

「どうだろう…?でも、好きになるっていうのは難しいね、何歳になっても。いや、若いときの方が簡単なのかな?いずれにしても、貴重だね」

千尋は強く頷いた。

「幸せになってるのかなぁ」

速水のつぶやきが、沈むように届いた。


帰り際、彼が自ら口を開いた。

「藤沢さんと同じ大学だったんだ、彼女。院生になって上京したから」

「名前は?」

「しおり。長月栞…」

速水が初めて女性を呼び捨てで呼ぶ。その特別な響きが、いつまでも頭から離れてくれなかった。


▶Next:9月19日 木曜更新予定
速水の恋愛話を聞いた千尋はある行動を起こす。そんな中、速水に関するとある噂が流れて…?


▶明日9月13日(金)は、人気連載『呪われた家』

幸せな結婚生活を思い浮かべていた新妻。その儚い幻想が、見事に打ち砕かれたら?沙織(26)は、“家”を巡る恐怖の呪縛に追い詰められていく…。続きは、明日の連載をお楽しみに!

画像をもっと見る

関連リンク

  • 9/12 5:01
  • 東京カレンダー

スポンサーリンク

記事の無断転載を禁じます