好調スタート「天気の子」新海誠の「思い切り」を考察

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新海誠監督の最新作「天気の子」の公開が始まった。報道によると、興行収入250.3億円を記録した前作「君の名は。」を上回る初日の観客動員数を記録しているという。

精緻なアニメーションで描かれた美しい風景、魅力的なキャラクター、RADWIMPSの音楽とのシンクロ具合など、「君の名は。」を彷彿とさせる要素をしっかりと残しつつ、メガヒットのプレッシャーに萎縮せず、新海監督が思い切ってやりたいことをぶつけた作品だったと思う。

新海誠監督作品 天気の子 公式ビジュアルガイド

ここでは新海監督がインタビューなどで語ったことなどを照らし合わせて、「天気の子」で何を描こうとしていたのかを考えてみたい。ネタバレは極力ないようにするが、何も情報を入れずに観に行きたい方は注意してほしい。

あと、観ていないのに予告だけ観て「本田翼は下手に決まっている」と言っていた人は何もわかっていない。これまでもEテレ「Q~こどものための哲学」で完璧な声優ぶりを見せていたが、今回も見事に演じている。

忖度や調和を一切気にしない主人公


「天候の調和が狂っていく時代に、運命に翻弄される少年と少女が自らの生き方を『選択』するストーリー」(公式サイトより)

新海誠監督が『天気の子』について繰り返し語っていることがある。それはこの作品が「賛否両論」を呼ぶものになるだろう、ということだ。

「極端な言い方をすれば、正しくない内容を語ろう、いわゆる賛否の分かれるものを作りたいと思った」「賛否が分かれるかどうかは公開してみないと分からないことですが……。でもそれが、今、一番楽しみにしていることです」(『日経エンタテインメント』8月号)

公開初日の舞台挨拶に立ったときも次のようにコメントしている。「『わたしもそうだよ』と思う方がいると信じて作った映画でもあるけど、同時に『違う』と思う方もたくさんいらっしゃると思う」「これからたくさんの意見を浴びることが怖くもあり、何よりも楽しみ」(シネマトゥデイ 7月19日)。

では、何が「賛否両論」なのか? それは主人公・帆高が「選択」する生き方だ。

「世の中がだんだん不自由になってきている」(Yahoo!ニュース 7月19日)と語る新海監督だが、その中で「いつも全力で、慎重さとか遠慮とか忖度とか調和みたいなものを一切気にしない主人公を描いてみたいなと思った」という(『CUT』8月号)。

新海監督は主人公について次のように語っている。

「主人公の男の子は模範的な少年ではなく、世の中の規範から外れていってしまう」「正しい人間よりも、正しくあろうと思いながらも規範どおりに行動できず、必死に何かに手を伸ばす人を描く映画」(映画.com 2018年12月13日)。

「天気の子」と「傷だらけの天使」


物語の中で重要な場所になるのが、屋上に神社がある廃ビルだ。周囲の風景などから、JR代々木駅前にある代々木会館がモデルと見られている。まもなく取り壊される予定のこのビルは、先日逝去した萩原健一さん主演のドラマ「傷だらけの天使」の舞台としても知られている(現在は立入禁止となっている部分もあるようなので、くれぐれも「聖地巡礼」は自重していただきたい)。

社会からはみだしたアウトローたちがもがき苦しみながら活躍する「傷だらけの天使」は、まさしく新海監督の言う「正しくあろうと思いながらも規範どおりに行動できず、必死に何かを手を伸ばす人を描く」作品だった。これは偶然の一致だろうか?

予告編では、必死に走る帆高と陽菜の姿に、小栗旬演じる須賀の「もう大人になれよ、少年」という声が被さる。「大人になれよ」ということは、彼らは大人になっていないということだ。ここで言う「大人」とは年齢ではなく、社会の規範の中に入ること、従順になること、聞き分けのいいことなどを示している。帆高と陽菜は『傷だらけの天使』のような、忖度と調和だらけの社会からはみ出した子どもたちなのだ。

帆高を演じた醍醐虎汰朗は、「観終わったあとに愛について考える作品。家族や友人など、身近にいる人を大切にしながら生きようと思いました」と語っている。

身近な人への愛のために、社会の規範から外れて、忖度と調和で満ち溢れた雨が降り止まない東京を駆け回る少年と少女の物語――。「天気の子」とはそんな映画だ。
(大山くまお)

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