没後30年・手塚治虫はライフワーク『火の鳥』をどう終わらせようとしていたのか

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「マンガの神様」手塚治虫が亡くなってから、きょう2月9日で30年が経った。手塚の代表作の一つに『火の鳥』がある。これは、彼が20代から晩年にいたるまで掲載誌を変えながら描き継いだ、まさにライフワークというべき作品だ。

幻の作品が角川文庫に収録! 今春には小説で続編も


昨年は手塚の生誕90年のメモリアルイヤーでもあった。その年末には、角川文庫版の『火の鳥』第14巻にあたる別巻が刊行されている。これは、コミック誌『COM』で連載されながら諸事情により中断した「望郷篇」と「乱世編」など、『火の鳥』シリーズのうち幻の作品を中心にまとめられたものだ。このうち「乱世編」の第2回は、前半まで描かれたものの、版元の虫プロ商事が倒産したため、後半は下描きのままストップ、ついに『COM』に載ることはなかった。

『COM』版の「乱世編」と「望郷篇」は、2011年に出版された『火の鳥《オリジナル版》復刻大全集』(復刊ドットコム。『火の鳥』全作の雑誌掲載時の版を収録したもの)にすでに収録されているが、この全集は高価で手が届きにくかっただけに、今回の文庫への再録はうれしい。なお「望郷篇」と「乱世編」は後年、別の版元(朝日ソノラマ)で創刊された『月刊マンガ少年』で仕切り直して連載され、完結している。

角川文庫版『火の鳥』別巻にはまた、手塚が亡くなる前年の1988年、『火の鳥』のミュージカル化にあたって書き下ろしたシノプシス(あらすじ)が、原稿用紙3枚に手書きされたそのままの状態で収録されている。日中戦争期の中国大陸を舞台とし、手塚が「大地編」と呼んだこの案は結局、実際の上演では採用されなかったものの、彼が存命ならば『火の鳥』の続編として描かれたものと考えられる。この「大地編」は、くだんのシノプシスをもとに直木賞作家の桜庭一樹が小説化し、この4月から朝日新聞で連載されることが決まっている。

手塚は『火の鳥』をどう終わらせたかったのか


さて、ここであらためて『火の鳥』についておさらいしておきたい。時代や主人公の違うさまざまな物語が描かれた『火の鳥』だが、いずれも不死鳥である火の鳥とその力を追い求める人々を描く点で共通する。

手塚の『火の鳥』が最初に世に出たのは、1954年から翌年にかけて『漫画少年』で連載された「黎明編」である。このあと1956〜57年には『少女クラブ』で「エジプト・ギリシャ・ローマ編」が連載された。それから10年の空白を経て、1967年(正確には1966年末)の『COM』創刊とともに『火の鳥』は復活する。このとき、過去と未来を行き来しながら、さまざまな角度から生と死の問題をみつめるという構想が固まる。これにもとづき、3世紀のヤマタイ国を舞台に新たに描き直された「黎明編」を皮切りに、続く「未来編」では35世紀を舞台に人類の滅亡と再生を描くという具合に、物語は過去から未来、未来から過去へと飛び、最終的に現代へと収束する壮大な長編になると手塚は説明していた。

現在、角川文庫などに収録された『火の鳥』は下記の順で発表されている。

・「黎明編」(1967年。以下、『COM』連載)
・「未来編」(1967〜68年)
・「ヤマト編」(1968〜69年)
・「宇宙編」(1969年)
・「鳳凰編」(1969〜70年)
・「復活編」(1970〜71年)
・「羽衣編」(1971年)
・「望郷編」(1976〜78年。以下、『月刊マンガ少年』連載)
・「乱世編」(1978〜80年)
・「生命編」(1980年)
・「異形編」(1981年)
・「太陽編」(1986〜88年。『野性時代』連載)

このうち、結果的にシリーズ最後の作品となった「太陽編」は、当時の角川書店社長・角川春樹から壬申の乱をテーマに描いてほしいとの依頼を受け、同社の小説誌『野性時代』で連載された。同作では従来の構想でのパターンを崩し、一作品のなかで過去(飛鳥時代)と未来(21世紀初頭)が並行して描かれている。

前出の角川文庫版『火の鳥』別巻には、「太陽編」連載中に行なわれた手塚と角川の対談(初出は1986年刊の『火の鳥(ニュータイプ100%コレクション)』)が収録されている。ここで注目すべきは、角川からの《「火の鳥」は過去から未来へ悠久の時の流れを描いておりますが、「現代」を描かれると、より一層の普遍性が現れると思うんです》という提案に対する手塚の答えだ。このとき彼は、「現代」というのは、いま話していても1分経てば過去になるので難しいと断った上で、次のように語っている。

《連載が一年あるだけで、現在から過去へどんどん流れている。ですから僕にとっての「現代編」は、僕の体から魂が離れる時をさすのだと解釈しています。描けないですからね、肉体がないから(笑)。そこで描けるなら、その時描きたいですね。それが僕の「現代の極限」なんですよ。そこから前の段階というのは、僕にとっての「過去」になってしまう》

これでは実現はほぼ不可能に近い。じつはこれ以前にも手塚は、『COM』での「火の鳥」連載休止中に同誌に発表した「火の鳥 休憩」(1971年)という掌編で、《「火の鳥」の結末は ぼくが死ぬとき はじめて 発表しようと思っています》と書いていた(同作も角川文庫版『火の鳥』別巻に収録されている)。

『火の鳥』の続編の構想としてはまた、手塚は『COM』休刊の翌年の1974年に、《これはまだ先の話ですが、二十一世紀の部分のエピソードで、アトムの物語がでてきます。アトムも、じつは「火の鳥」の一挿話だったというオチです》と明かしていた(手塚治虫『手塚治虫とっておきの話』新日本出版社)。これはファンのあいだでは「アトム編」とも呼ばれている。

手塚が存命していても完結しなかった!?


こうして生前の手塚の発言などを振り返ってみると、『火の鳥』は「太陽編」のあとも彼が存命であれば先述の「大地編」、さらには「アトム編」と続き、うまくすれば死の瞬間に「現代編」が描かれて完結したのかもしれない。ただ、これについては、手塚プロダクションで長らく手塚の書籍の編集を担当した森晴路(故人)が気になる証言をしている。何と、『火の鳥』は《手塚治虫が存命であってもおそらく完結しなかったのではないかと思われる》というのだ。

これは、森が手塚プロダクションの資料室長を務めていたころ、先にあげた『火の鳥《オリジナル版》復刻大全集』の第11巻の解説に記したものである。この一文のあとには、《『COM』連載の頃手塚治虫は、「物語が完結してから評価してください」といっていたが、晩年は「ひとつひとつ独立した話と見てください」とトーンが変わっていた》とある。また、「太陽編」の連載とあわせて角川書店から『火の鳥』の単行本をハードカバーで出すにあたっては、《時代ものから先に刊行されたが、未来もののほうは手塚治虫は出す気がないような感じだった》という。これは一体どういうことだろうか。

ここで一つの仮説が浮かぶ。ひょっとすると、手塚は晩年にいたって、『火の鳥』全体の構成に不満を抱き、できることならまた一からやり直したいと考えていたのではないか。先述のとおり「太陽編」からして、それまでの構想からパターンを崩したものだった。それも、全体の構成を見直そうという意志の表れとすれば説明がつく。

森によれば、「太陽編」の次の『火の鳥』の単行本は、描き下ろしで「火の鳥2772 愛のコスモゾーン」をマンガ化すると手塚は言っており、新作はそのあとにという予定だったらしい。「火の鳥2772」は1980年に劇場版アニメとして公開された作品だ(角川文庫版の『火の鳥』別巻には、同作のストーリーボードの一部が再録されている)。それまでのシリーズの流れからすれば、アニメのマンガ化が入ってくるのは唐突な感じもする。森も《「火の鳥2772」をこのシリーズに加えるということ自体が、「火の鳥」全体の構想の変化といってもさしつかえない》と書いている。

森晴路が、手塚治虫が存命であっても『火の鳥』は完結しなかったと考えたのは、全体の構成が変われば、手塚の性格からして、さらにスケールが拡大し、場合によっては旧作の改変ないし改編にもおよんでしまい、いくら長生きしてもとても作業が追いつかないと想像されたからではないか。

そもそも『火の鳥』にかぎらず、手塚は過去の自作が単行本化されるたびに手を加えていたことはよく知られる。彼の没後、現在にいたるまで作品の刊行はとどまることがないが、もし彼が90歳になっていたはずの現在も生きていたのなら、おそらく同じ作品でもいくつものバージョンがいまなお生まれ続けていたに違いない。もしかすると永遠の命を持つ火の鳥とは、あふれるアイデアをことごとく作品に仕上げ、旧作にも手を加え続けたいという彼の願望が生み出したものなのではないか……とは、さすがに考えすぎでしょうか。
(近藤正高)

手塚治虫『火の鳥14 別巻』(角川文庫)目次
・『COM』版「望郷編」
・『COM』版「乱世編」
・『COM』版「休憩」
・火の鳥を語る(1)対談(手塚治虫×角川春樹)
・『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』ストーリーボード・ダイジェスト
・火の鳥を語る(2)『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』とは
 ※『火の鳥2772』公開時の各誌での手塚の発言を抜粋
・『火の鳥』オルタナティブ
 『ブラック・ジャック』「不死鳥」
 ミュージカル版『火の鳥』シノプシス
・解題(中野晴行)

※記事中でとりあげた桜庭一樹による「小説 火の鳥 大地編」は、『朝日新聞』土曜別刷り「be」で2019年4月6日から毎週連載予定。挿絵はイラストレーターの黒田征太郎が担当する(『朝日新聞』2019年1月24日付)

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