「いい女ぶるの、やめろよ」。"彼氏の愚行"に気がつかぬフリをした女を責める、裏切り男の卑怯な一言

上京してからというもの、私の人生はパッとしない。

地元では「かわいいリカちゃん」と呼ばれ、散々もてはやされてきたけれど。

私程度の女なら、この街にくさるほど居るー。

地元を飛び出し、憧れの人気女性誌への入社を果たした秋吉りか子(29)は、自分の"無個性"にウンザリする日々を過ごしていた。

そんなある日、中途で採用された一人の女が、りか子の前に現れる。ムッチリとしたスタイルに、やたら身振り手振りの大きな帰国子女。

りか子が虎視眈々と狙っていたポジションを華麗にかっさらっていき、思わず嫌悪感を抱くがー。

まるで正反対の二人の女が育む、奇妙なオトナの友情物語。


人気女性誌「SPERARE(スペラーレ)」で編集長の秘書として働く秋吉りか子。りか子は編集部のポジションを狙っていたが、“小阪アンナ”と名乗るぽっちゃり女子に奪われてしまう。

アンナのSOSに思わず手を貸した際に、彼女と自分の差に気がつき、リカコは愕然としていた。更に追い打ちをかけたのは、恋人・修一の朝帰りだった―。


—大丈夫、しばらくすれば帰ってくる…よね。

そう自分に言い聞かせながらも、胸の奥を支配する不安を払拭することが出来ないまま、私は会社へと向かっていた。

修一が帰宅した時に漂わせていた、甘い石鹸の香り。あからさまに目をそらした瞬間に、彼が一体どんなタブーを犯してしまったのかすぐに察してしまう自分の勘の良さを恨んだ。

ただでさえ、仕事で打ちのめされているのだ。これ以上の無用なトラブルを避けるため、彼の愚行を見て見ぬふりをしようとすれば「いい女ぶるのはやめろ」と言われる。

一体、どう振る舞うのが正解だったのだろうか。

ずっしりと重くのしかかる彼の言葉。

—いい女ぶるな、ってどういう意味よ。どうして私が責められなくちゃいけないの…。

じわりと心を蝕むネガティブな感情は、目黒駅に着いてもまだ消えてはくれなかった。

落ち込むりか子の異変に、いち早く気づいたのは大嫌いな“あの子”

「リカコ!」

11時の企画会議を終えて、私のデスクにやってきたのは、昨晩散々修正作業を手伝ってあげた小阪アンナだ。

アンナがコミカルな小走りでこちらに向かってくる様子を見ながら、私は「イノシシ年だなぁ」と、意地の悪いことを考えていた。

「リカコ、昨日は本当にありがとう!」

相変わらずボリュームコントロールができない大きな声でそう言うと、つぶらな瞳をウルウルさせて、私に『OGGI』の紙袋を差し出す。

―いつ私のことを呼び捨てにしていいって言ったのよ。大して仲良くも無いのに。

わざとらしく大きなため息をついてからその包みを受け取ると、ふんわりとクロワッサンの香ばしい香りが鼻腔をくすぐった。

「ありがとうございます…。でもお礼をもらうほど、大したことはしていませんよ。」

不機嫌な声でそう答えたが、私を覗き込むアンナに、この精一杯の嫌味は通用していないようだ。

「何言ってるの!リカコは私の恩人よ!今日の企画会議、あなたのおかげで大好評だったの。だからね、お祝いを兼ねてランチに誘おうと思って!」

私のデスクに積み上がった資料をチラリと見てから、彼女は私がまだ休憩を取っていないことをすばやく察知する。

「今から出られる?『イ・ロッタ』なんてどう?リカコはピザ、好き?」

修一の件で心を乱されたまま食事もろくに取らずにいたせいで、私の判断能力は著しく低下していた。彼女が「ピザ」と口にした瞬間、私は無意識のうちに首を縦に振ってしまったのだ。


「ねえ、リカコ。今日落ち込んでる?何かあったの?」

オリーブオイルとトマトソースが絡み合ったマルゲリータに夢中になっていると、アンナは私を真剣な顔で見つめていた。

慌てて水を一口のみ、その唐突な問いかけに思わず身構える。

「言いたくなければいいの。ただ、ちょっと元気が無さそうに見えたから。昨日、遅くまで付き合わせちゃったし。」

アンナは目の前のピザに手を付けず、少しだけうつむきながら小さく「ごめんね」と付け加えた。

「違います、小阪さんの件とは別で…。ちょっと彼氏と喧嘩しちゃって、昨日眠れなかったんです。」

そう言いながら、私の脳裏に蘇ったのは、今朝早くに家を出ていった修一の後ろ姿だ。

空腹に負け、マルゲリータに気を取られている間はすっかり忘れていたけれど、この解決し難い問題が、アンナの問いかけによって呼び起こされてしまった。

放っておけば帰ってくるだろうという気持ちと、もう二度と帰ってこないかもしれないという不安が行ったり来たりしている。仕事に集中したいのに、余計な雑念が邪魔をして、なんだか身が入らずにいた。

「ごめんなさい、仕事はちゃんとするから。小阪さんは気にしなくて大丈夫です。」

うっかりプライベートなことを、軽々しく口にしてしまったことを後悔していた。

今この状況で、アンナがあの脳天気な笑顔を見せて無責任に「リカコなら大丈夫よ〜」などと言い始めたら、私はすぐにでも席を立ってオフィスに逃げ帰っていただろう。

しかしアンナは、私と同じように沈んだ顔をしているばかりだ。

そして一言、「そっか」と言ったきり、すっかり覚めてしまったピザを黙って食べ始めるのだった。

暗い顔をしていたアンナが明かす、職場での悩みとは・・・

食後にコーヒーをオーダーしたところで、アンナはようやく口を開いた。

「リカコが大変な時に…、こんな話をしてごめんなさい。けど、他に誰に相談したらいいのかわからなくて。」

編集部にいるときは、いつだって楽しそうに振る舞っていたけれど、今目の前の彼女は、オフィスにいるアンナとは同一人物と思えないほど暗い表情をしている。

「実はね、ちょっと、編集部でうまくいっていなくて。」

それからアンナはぽつりぽつりと、私に悩みを打ち明け始めた。

帰国子女だからという理由で任された翻訳記事。しかし、日本語がところどころおかしくなってしまう欠点を補うための作業時間が膨大で、連日徹夜での作業が続いているのだという。

メンバーにチェックを依頼しても、相当な業務量を抱える編集部では手が回らず、結局あの日のように未完成の状態で編集長に提出しなくてはならないらしい。

さらに企画会議でも、アンナの微妙な企画意図がなかなか伝わらぬまま「アンナちゃんなら大丈夫。任せたわよ」と言われ、十分なディスカッションも出来ないうちに全てが進み始めてしまう。

「駄目なところは駄目って、本音で言ってほしいの。私、やっぱりどうしても、みんなと感覚がズレているところがあるから。」

徐々にヒートアップするアンナは、時折やたらと発音の良い英語を織り交ぜて、まくし立てている。

それはまるで海外ドラマを見ているようだった。普通ならオブラートに包むようなことも、アンナはストレートな言葉でズバズバと物を言う。

おまけに彼女の大げさなジェスチャーが、相手に威圧感を与えてしまうのだ。

唐突に両手を広げてみせたり、前のめりになったり。目まぐるしく動く彼女の仕草に圧倒され、口を挟むことも出来ず、気づけば私は自分の言葉を飲み込んでいることに気づく。

―これは確かに…。彼女の言いたいことを汲み取るのは、時間がかかるわね。


要するに彼女は「もっとメンバーと密にコミュニケーションを取って、良いものを世に出したい」という熱意が空回りしているのだ。

ふと、アンナが昨日持ってきた資料を思い出した。

確かに、彼女が発信したいと思っている内容は面白いと思う。仮にあの企画が記事になったとして、私がもし純粋な「SPERARE」の読者だったならば、それを夢中で読んでいたかもしれない。

しかし、どんなに彼女の企画が魅力的でも、”相手に伝えるために必要なステップを踏む”ということを怠っているために、せっかくのアイデアを形にすることが出来ないのだ。

結局は、アンナの頭の中だけでつながっている出来事に過ぎない。

それでも、そのアイデアを形にしたいならば、胸の内を晒し、じっくりと向き合ってひとつずつ丁寧に説明するしかない。そうすれば、きっと編集部のメンバーだって心を開いてくれるはずなのに…。

アンナの話を聞きながら、ふとそんなアドバイスを思いつく。だけど、私はそれを伝えることをしなかった。

むくむくと湧き上がる、意地悪な感情がそれを止めたのだ。

「リカコ、どうしたら良いと思う?」

アンナのその問いかけに、私は初めて彼女に対して満面の笑みを浮かべ、こう答えた。

「私は編集のことはあまり、わかりません…。」

目の前でコーヒーにどばどばと砂糖を入れてかき混ぜるアンナを見ながら、ふと名案が頭に浮かんだ。

そして私は、ある計画を実行する時が来たのだと悟る。

「でも、私のほうが彼らとは長い付き合いですし、解決できるヒントがないか、探ってみますね。」

修一の言う”いい女ぶるりか子”も、美香の言う”真面目でエライりか子”も、この際全て捨ててしまえばいい。

アンナに優しく微笑みかけながら、絶対にこの子を絶望の底に突き落としてやると決意したのだった。



▶Next:1月25日 金曜更新予定
ついにアンナへの復讐を決心したが、編集部の惨劇を目にしたりか子を待っていたのは、予想外すぎる展開だった!?

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