勝谷誠彦氏、誰も知らなかった素顔「決して“いい人”ではなかったけど…」

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◆追悼…長年 週刊SPA!の巻頭を担当した辛口コラムニスト逝く

 11月28日、稀代の辛口コラムニストとして鳴らした勝谷誠彦氏が、肝不全のため亡くなった。太く短く生き抜いた57年だった。『週刊文春』などの記者として活躍した勝谷氏は、’96年にフリーに転身。数多くの雑誌連載を抱えるなか、週刊SPA!本誌でも’02年から14年にわたって巻頭コラム「ニュースバカ一代」を執筆し続けた。『たかじんのそこまで言って委員会』(読売テレビ)などの人気番組でコメンテーターとしても活躍したが、’15年に突如うつを発症し、徐々に表舞台から遠ざかることに。20年来の親交があったメルマガ「勝谷誠彦の××な日々。」の発行元・世論社代表の高橋茂氏が振り返る。

「あの頃から酒量が増えて、生気がなくなり、原稿のキレもなくなっていきました。励まそうと四谷で飲んだときには、『もう電話をかけない』と言い出して、これはメルマガも終わりかなと思ったものです。のちに聞いたら『死ぬことを本気で考えた』と。でも、絶対に毎日配信する原稿は落とさなかった。原稿に対する執着だけは並外れたヤツでした」

 半年の治療で回復した勝谷氏だが、酒量は減らなかった。保守とリベラルの壁を越えて交友のあった立憲民主党の辻元清美衆院議員が話す。

「20年ほど前にテレビで共演したときに同い年で同じ関西人だとわかって意気投合。以来、顔を合わすのは年一回程度でしたが、私が窮地に立たされたら必ず勝谷くんが電話をくれました。選挙のときには突然現れて、応援演説をしてくれたこともあった。『オレは辻元清美とは正反対の立場だ』と応援にならないことを言ってしまうんですけど、『オレの言論の自由も守りたいが、辻元清美の言論の自由も守りたいんだ』と応援してくれた。でも、私は自分のこと以上に勝谷くんが心配でした。’16年に彼のお父さんが亡くなったときに、お葬式に私も参列させてもらったんですけど、勝谷くんはずっと酒臭かった。辛辣な口調の裏に、何か苦しみを抱えているように感じました」

 ’17年には、トレードマークのサングラスを丸眼鏡に替えて兵庫県知事選に出馬。次点に終わったものの、64万票を獲得して人気ぶりを証明した。が、それから1年後、またも病に倒れる。顔色がすぐれず検査を受けたところ、そのまま集中治療室へ。

「重症アルコール性肝炎と診断され、半数以上の患者が1か月以内に死ぬと言われたのに、酒を絶ったら驚異の回復力を見せた。2週間でメルマガの執筆を再開して、エロサイトを見すぎてPCがウイルスに感染するほど元気になった(笑)」(高橋氏)

 約1か月半の入院生活を経て、生気を取り戻した勝谷氏。だが、禁酒生活は長くは続かなかった……。

「『もう一生飲まないよ』と言ってたのに、退院した日からお酒を買いに行っていた。どんどん体調は悪化して再入院したら、今度は病院がサジを投げた。勝谷の病室から酒の空き瓶が大量に発見されたんです。これにはショックを受けました」(同)

 そして帰らぬ人に。その早すぎる死もまた、多くの人にショックを与えた。20代の頃から数多くの戦場取材を勝谷氏と共にした報道カメラマンの宮嶋茂樹氏は「今年8月15日に靖国神社へ足を運んでいた最中に、勝谷さんから電話をもらって『オレの分も参拝しておいてくれ』と。元気のなさは感じましたけど、殺しても死なないような人だから、亡くなったと聞いたときはガセだと思った」と話す。

 10年近くWeb番組などで一緒に仕事をしてきたネットニュース編集者の中川淳一郎氏は、訃報に接して後悔にさいなまれたという。

「10月の退院直後に、勝谷さんとも親しい仕事仲間と『酒でも飲んだら勝谷さんも元気になるでしょ』と無責任なことを言ってたんです。僕にとって勝谷さんは恩人。知識人がネットを礼賛するなかで、’09年に僕が書いた『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社)を最初に『面白い』って取り上げてくれたのが勝谷さんでした。巡り巡って勝谷さんに『酒でも飲んだら』発言が伝わっていたら後悔してもしきれない」

 一方、勝谷氏の紹介により元夫の鴨志田穣(ゆたか)氏と出会った漫画家の西原理恵子氏は同情を隠さない。

「鴨ちゃんもアルコール依存症で、最後は腎臓がんで亡くなったでしょう。アル中がアル中を連れてくるなんて、どうしようもない話だけど(苦笑)、彼らはそれこそ何十年とツラい病気と闘ってきたんです。勝っちゃんなんて、勉強ができるお坊ちゃんだから、実は気が小さい。虚勢を張って、一生懸命“勝谷誠彦”を演じてきたんです。だから、鴨ちゃんの気持ちがわかったんでしょうね。鴨ちゃんの葬儀に駆け付けてくれたときに、わんわん泣きながら『お疲れさま』って声をかけてくれたんです。今度は私が勝っちゃんにお疲れさまって言ってあげたい」

 複雑な思いを抱いているのは、20年来の付き合いがある酒造会社「旭酒造」の桜井博志会長だ。

「ある雑誌の取材で来られて、その晩にうちの『獺祭』を扱っている焼き肉屋に招待したら、ずっと『焼き肉なんて食わせやがって純米大吟醸が台無しだ』と文句を言われてね(苦笑)。それ以降、勝谷さんは怖いご意見番。『つまらん酒をつくったら怒られる』というプレッシャーがついて回るようになった。そんな勝谷さんが、まさかお酒で体を壊すなんて……言葉を失いました」

 勝谷氏を偲びながらも、毒気たっぷりの思い出話が飛び出してくるのは、そのキャラクターのなせるわざだろう。宮嶋氏も次のように話す。

「勝谷さんは役者。昔2人で北朝鮮を潜入取材に行ったとき、突然ガイド役に『米帝に騙されていたことに気づきました!』ってまくしたてて取り入り、一人だけ金日成バッジをもらったことを鮮明に覚えています。そのほか、人の手柄を自分の手柄にするのは日常茶飯事。コノヤローと思ったことも数え切れません。でも、圧倒的な才能が伴っているから許さざるを得ないんです……」

 高橋氏も苦笑しながら話す。

「うつになって呂律が回らない勝谷を使ってくれた番組の降板が決まったら『潰れろ』とけなし、県知事選では頑張ってるボランティアの前では『オレがカネを出してるんだから当然』と言う。決していい人ではなく最低の男なんですけど、面白いことを考えることにかけては天才的だから笑いも絶えない。いなくなったら寂しくなる、愛すべき友人でした」

 果たして勝谷氏はどう反論しただろうか?

 稀代の辛口コラムニストに対する送る言葉も実に辛口だった。

取材・文/週刊SPA!編集部 写真提供/高橋茂(世論社)

※週刊SPA!12月4日発売号「今週の顔」より

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  • 12/6 15:51
  • 日刊SPA!

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この記事のみんなのコメント

3
  • 自分も親が亡くなったらあとはいつ人生が終わっても悔いがないと思う

  • まる☆

    12/7 12:44

    最近は関西中心で活動してたけど一時期はニュース番組からバラエティーまで幅広く出演して偏った辛口な発言も聞いててスカッとして自分は好きだった。何か憎めない愛嬌もあったなあ

  • ぱおぱ

    12/7 12:04

    知らない人だし故人なのでなんですが、ただのロクデナシでは?

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