上沼恵美子に噛みついた久保田らを「俺は批判できない…」と元M-1ファイナリスト

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<文/ユウキロック>

「『M−1グランプリ』の優勝者はどのように決められているのか?」。皆さんご存知だと思うが、いろいろなものを省いて、簡単に単純にざっくりと書いてみる。

◆M-1審査員批判はなぜ起きるのか

「『M−1グランプリ』の優勝者は7人の人間が決めている。たったの7人。だから、この7人にウケさえすればいいのだ。逆にこの7人にスベったら、決して優勝することはできない」

 ただ、考えてみれば7人にスベっただけなのだ。大勢の観客にウケているのなら問題ない。だから出場者は、たかだか7人にスベったぐらい、別に気にしなくていい……と簡単に切って捨てることができるはずがない。それが「M-1グランプリ」なのだ。

 なぜなら優勝した直後から仕事のオファーが殺到する。テレビ番組は、「お披露目」として一通り呼ばれる。その中で結果を残せば、二巡目が始まり、レギュラー番組でも決まれば、「テレビスター」の仲間入り。「地位」と「名誉」、そして「大金」が手に入るのだ。たった7人が決めたことだとしても、出場者にとって、その「恩恵」はとてつもなく大きい。

 これだけの大きな「恩恵」を誰に手渡すのかを決めているのが、この7人なのだ。「レジェンド芸人」からなる7人の審査員は、自らの判断基準に基づき、「世間」に対して「次はこのコンビです」と提示しなければならない。審査員にとって、背負わされた「重責」はとてつもなく大きい。

「M-1グランプリ2018」決勝メンバーを俺のさまざまな「基準」で分けてみた。

① 一番、笑ったコンビ……トム・ブラウン

② 台本がすごいと思ったコンビ……和牛

③ 会場を沸かせたコンビ……霜降り明星

④ 「漫才スタイル」が好きなコンビ…ミキ

⑤ 想像できないネタをしていたコンビ……ジャルジャル

⑥ 「テクニック」がすごいと思ったコンビ……かまいたち


 ここで俺が、「一番ウケてるやつがすごいんや」と思えば、「霜降り明星」に高得点をつける。「この台本はすごいな」と思えば、「和牛」に高得点をつける。「この漫才スタイルが一番や」と思えば、「ミキ」に高得点をつけるだろう。実際はこんな単純ではないが、さまざまな「角度」からのさまざまな「基準」というものがある。

 俺は、今回の最終決戦を終えた時点で「和牛」のネタが一番だったと思った。「革新性」に重きをおいていたと思われる立川志らく師匠は、映画にとても詳しい。「和牛」が披露した最終決戦のネタの手法はすでに落語と映画にあるとツイッターでつぶやかれていた。その事実を知っているか、知っていないかでまた評価は変わる。「基準」は、自分が知り得た知識や情報の中で「幅」も変わる。

◆酷評して視聴率を上げる上沼恵美子のプロ根性

 漫才を「審査」するというのは、「基準」が明確であれば難しいことではないと思うが、誰もが納得する結果に終わるということは不可能である。だから、「M-1」という大きな「恩恵」のある大会ならば、大多数の納得が得られるであろう「芸能」「演芸」の世界で実績を得られた方々の「基準」により選ばれるという形をとっている。

 ただ、この審査員でさえも、誰もが納得する人選にすることは不可能である。「地位」と「名誉」を得ている審査員からすれば、得なことなど一切なく、損しかない役回りなのである。

 そして、「M-1グランプリ」には「漫才の日本一を決める大会」という側面以外の部分がある。いや、こちらのほうが本筋なのだ。それは「テレビ番組」だということ。朝日放送が制作し、テレビ朝日系列で放送している「テレビ番組」のひとつ。どれだけ歴史があろうが、格式があろうが、視聴率が悪ければ打ち切られる存在だ。

 昨年、審査員の上沼恵美子さんは「マヂカルラブリー」を「これで、よく決勝残れたな!!」と酷評し、話題となった。実際、「マヂカルラブリー」の得点は、7人の審査員中6人が最低点をつけ、残り1人も10組中9位の点数である。だから、ほぼ審査員全員が「マヂカルラブリー」にハマらなかったのだ。会場の空気もそこまでよくはなかった。

 だから、「あまりウケてなかったですね」という発言でも本来はよかったのだ。しかし、それでは面白くない。そういった状況をどうお考えだったかはわからないが、上沼さんは酷評をした。「マヂカルラブリー」に対して、こういう発言をしても大丈夫だろうと見越していたとも思う。それが話題となり、その後、「上沼怒られ枠」という言葉も生まれて、昨年以上の視聴率を今年の大会は獲得した。「マヂカルラブリー」自身も事あるごとにこの話題が持ち上げられて、この1年間、平場では相当ラクだったと思う。

 審査もしなければならない。漫才師が真剣な分、番組としてのエンターテインメント性も担わなければならない。盛り上げた分、批判の矢面にも立たなければならない。やはり、審査員は損な役回りなのである。それでも引き受けていただいて、「世間」に対して飛び立つ漫才師の推薦人にもなってくれる。そんな「レジェンド芸人」に背中を押されたのだという自信が勇気となり、胸を張って戦いに挑める。「審査員」の方々は、尊敬するべき対象であり、その「審査員」が決めた「基準」の中で戦うことに間違いはないのである。

◆死ぬ気で戦って審査される側の思い 次に「審査」される側の出場者の気持ちに寄り添ってみたい。

 選ばれた7人の審査員のそれぞれの「基準」が事前に告知されることなどは当然ない。だから、大ウケしたが、点数が低いという場合でも、「なぜ低かったのか?」が明確にならない。決勝戦を戦ったメンバーならば、番組の中で審査員のコメントがあったり、ほかのコンビとの点数の比較で、なんとなく審査員の「基準」や「傾向」が読み取れたりすることはあるが、準決勝までは合格者の発表のみで終わるのだ。

「なぜ落ちたのか?」を自分自身で考えて、答えを導き出し、来年に向けてまた1年間、死ぬ気で戦うのだ。導き出した答えが合っていて、1年後に決勝メンバーになるという「ある程度の成功」があればまだいいが、また準決勝敗退、もしくはそれ以下の成績に終わることになれば、何が正しいのかがいよいよわからなくなる。

 俺自身も、「M-1グランプリ」第1回大会で最終決戦まで残り、優勝まであと一歩のところまで迫ったが、夢は叶えられなかった。悩んで苦しんで考え抜いて導き出した漫才を引っさげて挑んだ第2回大会で、2年連続決勝進出。しかし、点数は伸びず、CM中に親しくさせていただいていた審査員の島田紳助さんから「あんなネタしかなかったんか!!」と叱責された

 そこから迷走が始まり、「M-1」ラストイヤーで俺たちコンビは、最終的に「ボケ」と「ツッコミ」を入れ替えて挑み、3回戦で落とされた。追加合格で辛くも準決勝まで進出できたが、結局、敗退。俺の「M-1グランプリ」はそうして幕を閉じた。

「自分の好きなお笑いをやればいいのだ」。こういうことを言う人はいる。実際、本当にそうだとは思うし、それで優勝できたコンビは本当に幸せなコンビだと思う。しかし、ネタ番組が少なく、テレビに出るチャンスすら少なくなった昨今で、とてつもなく大きい優勝の「恩恵」を簡単に手放すことなどできるはずがない。だから、「合わせよう」とする。自分を殺してでも「合わせよう」とするのだ。

◆敗退して泣く芸人の前で、俺は審査員を批判した

 今年、とある事務所から一人の女性芸人を見てほしいと依頼された。彼女はとても才能があり、劇場でもしっかり笑いをとっている。しかし、コンテストでの結果は芳しくなく、廃業も考えていた。「自分を殺してでも売れたいです」。彼女は、俺にそう言った。

 毎週、ネタを見た。彼女も毎週、さまざまなパターンの新ネタを持ってきた。絶対、本人はやりたくない「リズムネタ」も持ってきて、披露した。彼女のキャラクターにあっておらず、見ているこっちが恥ずかしくなる出来だった。そこから2人でさらに何十時間も話し合った。導き出したキャラクターをひとつのパッケージに特化させたネタを作り、「女芸人No.1決定戦 THE W」に挑んだものの、準決勝で敗退した。

 俺は自分の力のなさを彼女に詫びた。そして、「審査員に知識がなかったから、わからなかったんかな」と審査員を批判した。もちろんわざとである

 自分自身も経験がある。この結果を誰かになすりつけたい。誰かのせいにしたい。結果の直後は冷静さを欠き、突き落とされた自分を守るために自分の実力のなさを隠して、他者に責任をなすりつけたいのだ。それを俺は彼女にさせたくはなかった。だから、俺自身がその行為をすることによって、冷静さを取り戻して、また明日から前を向いて歩いてほしかった。彼女は「自分の実力不足です」と泣いた。

◆久保田らの言葉は最低だが…俺は批判できない 今回、「とろサーモン」久保田君と「スーパーマラドーナ」武智君が審査員である上沼さんを批判した動画を公開して、問題になっている。こういった動画を公開したこと、そして、「病気」に例えて批判したことは言語道断である。馬鹿野郎と言いたい。しかし、それ以外の部分について、俺は彼らを批判することはできない。

 久保田君は、2017年の「M-1チャンピオン」なのだ。頂点を獲った芸人である。だから、今回、破れた芸人に対して、高みの見物を決め込んでいればよかったはず。しかし、彼はそれができなかった。彼もまた何度もがき苦しんでも、決勝の切符が手に入れられず、泥水をすするような芸人人生を歩んできたのだ。

 だから、今、目の前で一敗地に塗れた芸人をほっておくわけにはいかなかったのだろう。誰よりも毒づき、彼らの溜飲を下げてあげて、立ち上がらせたいがための行為だったと思う。武智君も同期の激しい励ましに、嬉しさもあり、ほっておけず、間違った言葉を選んでしまった。その部分は猛省してもらいたい。

◆もう一度だけ、彼らにチャンスをあげてください

 これを読んでいただいた皆さんにお願いがあります。

 もう一度、もう一度だけ、彼らにチャンスを与えてあげてください。俺は、養成所の講師をしています。そこでアドバイスしていることのひとつに「コミュニティの拡大」というものがあります。どんなに面白いことを言っても、自分の「コミュニティ外」の人には響かない。響きづらい。

 今回の騒動で、彼らの「コミュニティ外」になった人はいると思います。だから、すぐに心を開いてくれとはいいません。彼らは芸人を続けます。何年後か、何十年後か、いつか偶然皆さんの前に彼らが現れたときに、少しだけ心を開いて見てあげてほしい。よろしくお願い申し上げます。

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  • 日刊SPA!

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この記事のみんなのコメント

11
  • 紅茶飴

    12/9 0:41

    夢色キャストのこと?あれをお笑いに入れて評価している時点でもう観点間違えてる。

  • 紅茶飴

    12/9 0:33

    私には何も刺さらない記事だけど、刺さるように言ってくる人が意味不明。何のソースなの?

  • 12/9 0:20

    あれは批判じゃ無くてただの悪口。酒飲んで悪口とセクハラ発言垂れ流すとか論外。いい大人がやることじゃない、そりゃ叩かれる。

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