「半分、青い。」70話。90年代、オタクの地位は低かった

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連続テレビ小説「半分、青い。」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)
第12週「結婚したい!」第70回 6月21日(木)放送より。 
脚本:北川悦吏子 演出:田中健二

70話はこんな話


ユーコ(清野菜名)は結婚して漫画をやめると言い出す。漫画ばかり描いていると女の可能性を無駄にしてしまうと言うユーコに鈴愛(永野芽郁)は反論するが・・・。

おおいにツッコもう


「スズメ それはオタクといっしょだ。引きこもりだ。子どもも産めない。想像の世界の人になってしまう。
漫画を描く機械だ」

ユーコが全国の漫画を描いている人たちやオタクと呼ばれる人たちを敵に回すような発言をして、早朝からツイッターがざわついていた。
作家が無自覚に思考を垂れ流し一部の人を傷つけているのではないかという意見もあるようだが、ちょっと冷静になってみたい。
冒頭、喫茶おもかげで、ボクテ(志尊淳)が秋風(豊川悦司)と3年ぶりに会うシーンを思い返してみよう。
破門になってオフィスティンカーベルを出たボクテだから少々気まずいが、秋風も愛用しているおもかげにわざわざ来たのは、ほかにセットを建てるわけにもロケするわけにもいかない制作上の事情では決してなく、秋風に会えるかもと思ってのことだった。
いま彼が落ちぶれていたらこうはいかないが、飛ぶ鳥を落とす勢いらしいから秋風に会う気持ちの余裕はあるだろう。むしろボクテのほうが人気なんではないか。女子高生が秋風にはときめいている描写はなかった。

ボクテ「のこのこおもかげくんだりまでやって来て」
マスター「くんだり」

これまでも何かと相手を軽んじる台詞が飛び出し、わりと言いっぱなしのことが多かったが、この場面に限ってはおもかげに対して失礼なことを言っているのを、マスターのツッコミで誰にでもわかるようにしている。
マスター(東根作寿英)に台詞を与える配慮かもしれないが、ここでツッコミが入ることで、そのあとのユーコと鈴愛のやりとりも、「くんだり」的なものだと思えば気が楽になる。

この日は、「あさイチ」で華丸が「ゼロから創るより東京03(69話でユーコと公園で会っていた謎のオヤジ役角田晃広の所属するお笑いトリオ名)と・・・」とツッコミを入れ、すべてのもやもやをゼロに帰した形となった。

「まれ」(15年)や「べっぴんさん」(16年)など視聴者のツッコミ待ちのような脚本にあえて隙間を入れているかのような作品も朝ドラに生まれ、湊かなえに代表されるイヤミスや、ミステリーではないがいやな感じを楽しむイライラエンタメも増えるなか、「半分、青い。」はこういった数年のムーブメントの包括になっているような気がする。

鈴愛とユーコ


いまやすっかり「オタク」がステイタスみたいな時代、「クールジャパン」の名のもとに文化政策の先鋒にもなっている。ところが「半分、青い。」の時代(95年)は漫画を描く人やオタクの地位はたいそう低かった。
例えば、大ヒットアニメや漫画を多く出している角川書店(現KADOKAWA)はこの時代、アニメ・コミック事業部という部署がアニメ雑誌ニュータイプや別冊の漫画雑誌などを出していて、そこは、書籍や一般誌の部署からオタクの集まりとして距離を置かれていたことは事実だ(私はコウモリのようにどっちの仕事もしていたのでそれぞれの見解を知っている)。ところがいつの間にやらそんなオタクの部署によって会社が成り立つようになるのである。95年の「新世紀エヴァンゲリオン」が分水嶺であろう。

ユーコの発想はその書籍や一般誌側で、鈴愛が漫画側として対称的に描れているが、68話であんなに床いっぱいに波の絵を描いて楽しそうだったユーコが、たった2話(30分)ののちに、やさぐれてしまったことが、彼女の発言の内容以上にショックである。

好きな漫画がうまくいかず、鈴愛やボクテに先に行かれてしまったので、逃げてしまったのだろうなあと容易に想像はつくけれど。
デビューから同じものを描かされ続け、ほかにももっとたくさん描きたいものがあるのに描かせてもらえない、というような葛藤なども見たかった。それだと一般視聴者を置いてけぼりにしてしまうから、漫画ばかり描いていると引きこもりになって恋もおしゃれも結婚もできずに悩むというような漠然としたエピソードを選択したのだと思う。

猛スピードでどこに行く?


「なんのためにこの顔がついてる? なんのためにこんな白い肌をしてる? 着飾って街を歩くためだよ鈴愛」
対して、鈴愛は涙を流しながら漫画のすばらしさを説く。
「私は真っ白な日が好きだ」と無心に描けることを楽しむ鈴愛。
彼女の漫画への思いを聞くにつけ、ユーコは余計に自分が漫画の世界にいてはいけないと思い知らされる。

「ゼロから何かを作るよりずっと楽だと思う」
「私たちは架空のラブストーリーをつくるためにいくつも恋を犠牲にしたんだ」
「私はもう苦しい。楽したい」などと言うユーコ。
 
仕事に挫折して辞めていく人たちのことを描けば描くほど、残っている人の心の叫びや矜持が聞こえてくるようだ。
ものを創る難しさや自分の苦悩を誰にでも簡単にわかられてたまるかというような。何に対してどんだけ苦しんでいるんだと思って心が痛くなる。
でもそこがドラマの本筋ではなさそうなところも面白い。このドラマ、ほんとにどこに向かっているのかわからない。猛スピードで高速をぶっ飛ばしている危うさを感じてハラハラするばかり。いや、高速なら一直線でゴールがわかるが、だだっ広い野原を暴走車が右に左に走り回って制御不能という感じか。さながら「マッドマックス怒りのデス・ロード」。それが吊り橋効果みたいになって多くの視聴者の心を毎日わしづかんでいく。
(木俣冬)

君がいるだけで

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