【伝説】猿岩石となすびを生んだ伝説の番組「進め!電波少年」の秘密と噂7選


バウバウ~! のギャグで大ブレイクした松村邦洋さん。そして放送禁止用語を話してしまい放送業界を干された経験がある松本明子さんが司会を務め、数々の無茶な企画にアポなしで挑んできた伝説のお笑い番組「進め!電波少年」。

猿岩石やなすび、ハウス加賀谷など、さまざまなスターを輩出した、1990年代を代表するテレビ番組でした。

数々の伝説と知られざる秘密を発表!


すでにリニューアル後の「進ぬ!電波少年」も含め、電波少年シリーズが終了して15年以上も経過していますが、その当時に実際に放送された企画の多くは伝説として語り継がれ、現在のテレビでは絶対に再現不可能と言われています。今やるとクレームだらけで大変なことになるのが「今やれない理由」との噂も。

今回はそんな電波少年シリーズで放送された伝説や知られざる秘密、噂などを厳選してお届け。つくづく、電波少年ってすごい番組だったんだと再確認できること間違いなしです!


1. 松村がチーマーにボコボコに殴られる
1990年代、街にたむろする不良集団はチーマーと呼ばれていましたが、そのチーマーを更生させるという名物企画がありました。

松村さんが若者に声がけをして注意するというものなのですが、松村さんは毎回チーマーの逆鱗に触れてしまい、ボコボコに殴られたり、身ぐるみを剥がされてしまったりとメチャクチャ。今では間違いなく放送事故になるレベルの企画でした。

しかし松村さんは、ボコボコにされるのは痛かったが、そのVTRを見てみんなが笑ってくれるのは嬉しかったし、スタッフが止めに入らない演出になっていましたが、スタッフとは仲良く信頼していたと振り返っています。

2. ハサミを持って社会党本部に乗り込む
松村さんはハサミを持ってアポなしで日本社会党本部に乗り込んだことがあります。それは元首相で、当時社会党の委員長だった村山富市さんの長い眉毛を切りたいという企画だったのですが、アポなしで刃物を持ち込むなんて現行犯逮捕されてもおかしくない企画です。

ところが村山さんは眉毛を切りたいと膝をついてお願いする松村さんに笑顔で応対。数本だけ眉毛を切ることを許可したのです。


3. 出川哲朗がゲイに襲われる
リアクション芸の神とまで言われる出川哲朗さんも電波少年に不定期出演していましたが、出川さんが今までに経験した企画で最も辛かったのが電波少年での企画だと明言しています。

その企画とは、シドニーのゲイバーでコンドームを配りエイズ撲滅を呼びかけるというものだったのですが、出川さんがカタコトの英語で「ユーアータイプ」「アイウォンチュー」などと言ってしまったこともあり、本気のゲイに襲われてしまったのです。

4. なすびの懸賞生活の裏話
裸でちゃぶ台と座布団しかない一室に放り込まれ、検証にひたすら応募し当選品の総額100万円到達を目指すという「なすびの電波少年的懸賞生活」。当時無名のなすびさんが抜擢されたのは20人ほどの候補者でくじ引きを行い、当たりを引いたのがなすびさんだったから。運の良い人が企画に起用されたということですね。外れたメンバーには芸人のまちゃまちゃさんなどもいました。

懸賞生活の目標達成までにはなんと11ヶ月も要する過酷なものとなってしまい、なすびさんは何度も逃げ出したくなったそうですが、なすびさんの父親が警察官だったため裸で部屋を飛び出すわけにいかず、なんとか思いとどまることができたのだそうです。


5. 松本人志も企画に挑戦していた
ダウンタウンの松本人志さんもなんと電波少年で企画に挑戦していました。その内容は「アメリカ人を笑わせに行こう」というもので、アメリカ人の笑いを調査し、全編英語のコントを作成してアメリカ人に観てもらうというもの。

一人で留守番をする少年の元に、松本さんが演じる忍者が派遣され、一緒に一日を過ごすというネタだったのですが、200人ほどのアメリカ人に観てもらったところ、ほぼ全員が大絶賛! 当時の松本さんは37歳くらいでしたが、世界に通用する才能を見せつけたのです。

6. 猿岩石のCDデビューは秋元康の企画
ユーラシア大陸横断ヒッチハイクの企画で大人気となった猿岩石(有吉弘行、森脇和成)も電波少年の出身。見事にユーラシア大陸横断ヒッチハイクを成功させ、旅の記録を書き残した「猿岩石日記」が累計250万部の大ヒットとなり、さらにCD「白い雲のように」も大ヒットと、猿岩石人気が一気に爆発しました。

このCDデビューを企画したのはなんと秋元康さん。ヒッチハイク企画を見た秋元さんが「猿岩石はスターになる! 僕に彼らのCDを作らせてくれ!」と番組側にオファーし、CDをデビューが決まったのです。


7. 坂本ちゃんは大学中退していた
当時30代の芸人・坂本ちゃんが家庭教師のケイコ先生と一緒に勉強して東大合格を目指す企画「電波少年的東大一直線」。1日13時間以上の猛勉強を続けましたが、結果的に東大合格には至らなかったものの、私立大学8校に合格。その中から坂本ちゃんは日本大学に進学しました。

しかし、企画で人気になってしまった影響で、入学後にテレビ出演依頼が殺到。大学1年生だった2001年には113本ものテレビ出演を果たすほどの忙しさで、授業にあまり出られないという状態が続き、7年在学したものの、最終的には中退となってしまったのです。

他にもたくさんの伝説エピソードが


他にも電波少年シリーズには数々の人気企画と伝説のエピソードがあり、今ではとてもオンエアできないような内容の企画が毎週当たり前のように放送されていたのです。

当時の電波少年のように、過激な企画を放送するテレビ番組は今後現れるのでしょうか。絶対にクレームもたくさん集まるのでしょうが、面白くなるのも間違いないはずです。

■執筆・監修:Mr. Fox
執筆、撮影、編集家。日本生まれ、生年不詳、トレードマークはキツネの顔。世界各国を回りながら、メディアに関わる仕事をしてます。人のアイデアを転がします! コンコン。https://twitter.com/im_mr_fox/

画像をもっと見る

関連リンク

  • 2/15 7:00
  • トリビアニュース

今日のおすすめ [PR]

この記事のみんなのコメント

2
  • dream

    2/15 23:32

    昔のテレビは面白かったね。

  • ハウス加賀谷が海外の工事現場を手伝いに行く企画で、地元民と仲良くなった矢先に帰国の指示が来て、お世話になった家族とのお別れシーンにもらい泣きしました(^_^;)

記事の無断転載を禁じます