お金はあるけど幸せじゃない人  「親の遺産を相続したけどぼっち」「年収1500万の夫だけどモラハラで長男が不登校」

拡大画像を見る

松居一代を見ていると切なくなる。昨年末の離婚会見では「見事に勝ち取りました!」「夢が叶いました!」と声高らかに喜びをアピールしていたが、あまりの違和感にテレビの前でガクガクブルブルした視聴者も多かったに違いない。筆者もそうだ。

ただ、凍てついている周囲の空気を読めないほど、元来頭の悪い人だとは思わない。おそらく、自らの意思を持って「読もうとしていない」のだろう。それは自分を守るために。「私は大丈夫、私は幸せ。私は全くもって惨めではない」―。必死にそう伝えようとするのは、松居一代のプライドなのだと思う。

けれど、やはりその幸せアピールには無理がある。だって、そもそも離婚したくてたまらなかったのは船越さんの方だったはず。松居一代は「財産を守りました!」と無理くり笑みを浮かべていたが、ここで多くの人は思ったことだろう。――「お金があっても、こんなんじゃ全然幸せそうじゃない」と。株の投資などで大儲けし、大金持ちといわれるほどの財産がある松居一代だが、正直いってこの人の立場になりたいと今は誰も思わないのではないだろうか。(文:みゆくらけん)

「金には困ってない。けどある時を境に友達もいない。彼氏もいなくて虚しいや」

「お金はあるけど幸せじゃない人」というトピックが先日のガールズちゃんねるに立っていた。まさに今の松居一代のことじゃないかと思ったが(トピック画像も松居一代)、「私もお金があるけど幸せじゃないよ」という声が多く上がっていた。このトピックでチラホラと目立っていたのは「お金はあってもぼっち」という声で、

「金には困ってない。けどある時を境に友達もいない。彼氏もいなくて虚しいや」

というコメントを筆頭に「親の遺産を相続しましたがぼっち」「いつも一人。マンションの窓から下を歩いてる人を眺めては溜息ついてる」などという声が上がっていた。いくらお金があっても、人間孤独はツライということなのだろう。お金がいくらあっても、それによって得られる経験(旅行や食事など)を誰とも共有できないのは確かに悲しい。

他に上がっていたのは、お金はあるけど容姿が「めっちゃブス」で「整形する勇気もない」から不幸せだという声。「デブだしブスだし彼氏いないしコミュ障」の四重苦だというコメントもあった。女性にとってはお金の有無より「美人か不美人か」が幸せに大きく影響しているかもしれないと考えさせられるコメントだ。

「これなら年収500万で温かい家庭を作りたかった」

他にこんな声もあった。

「旦那は一流商社で年収は1500万だけどモラハラ。長男が不登校。お金はあるけど、何も楽しくない」

この人は続けて「これなら年収500万で温かい家庭を作りたかった」と書き込んでいる。これには深く頷ける。温かい人間(家族)関係はお金では買えない。この他、お金はあっても幸せじゃない理由として切実なものに「病気」「持病があって子供が生めない」などが上がっていた。

ある人は「幸せ」についてこう書き込む。

「ここ読んでたら幸せって現状がどうよりも、『将来にどのくらい希望を持てているか』なのかなって思った」

このコメントには深く共感だ。本当にお金がなくて、日々生活をしていくことすら大変だという人からすれば「それでもお金があるだけマシ」だとか「本当の不幸をお金持ちは知らない」だとか言いたくなるかもしれない。けれど、「幸せ」の尺度は人それぞれ。そういえば、マツコ・デラックスも以前に「お金を稼げるようになったけど全然幸せじゃない」と言っていた。「お金がある=幸せ」ではないのだとしみじみ思う。

関連リンク

  • 1/12 8:56
  • キャリコネ

今日のおすすめ [PR]

この記事のみんなのコメント

2
  • トリトン

    1/13 19:08

    住めば都、ようは無い物ねだり隣の芝は青く見える?だったかな人間は満足できない哀れな性、不幸になって後でその時が幸せだと気がつく、今が幸せだと思える人こそその家には青い鳥がすんでいるのだよな。

  • 幸せをお金でしか換算できないから不幸なんだろ。

記事の無断転載を禁じます