最悪な人生を送った5人の死刑執行人の歴史 ― 自らの親を処刑、自殺、依存症も…!

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 裁判によって死刑判決が下された犯罪者には、執行人によって刑が執行される。死刑には主流の絞首刑のほか、薬物投与や銃殺刑、また中東地域では斬首刑や石打ちによる死刑も…。死刑は必ず執行人によって行われるが、中にはストレスでうつ病や依存症を発症する者も少なくない。そこで今回は壮絶な人生を送った5人の死刑執行人を紹介しよう。

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■アルトゥール・ブラウン

 20世紀初頭、ポーランドでは問題を抱える死刑執行人が相次いでいたという。中には、刑を執行した犯罪者の亡霊に悩まされ自殺する執行人も。そして1932年11月、政府は信頼に足る死刑執行人を探すため、120人もの応募者の中からアルトゥール・ブラウンを選んだ。彼は友人らと一緒に仕事が決まった祝杯をバーで上げることにしたのだが、これが彼の運の尽きとなってしまう。酔っ払った彼は拳銃を取り出し、辺り構わず発砲を始める。バーの店内は一気にカオス状態へと様変わりし、バーテンダーが負傷する事態に。もちろんアルトゥールは死刑執行人の仕事に就く前にクビになってしまった。


■ディック・バウフ

 最悪な家庭環境により、幼くして死刑執行人という重荷を背負わされた男ディック・バウフ。彼の両親は、ディックが12歳の頃に殺人を犯し有罪判決を受ける。当時2人の犯行現場に居合わせたディックにも共犯の容疑がかけられたが、幼い彼が罪に問われることはなかった。その代わり、ディックには両親の死刑を執行する役目が言い渡されることに…。両親を失ったディックはその後、スリや追いはぎといった犯罪に手を染めながら生計を立てる日々を送り、自身を警察に通報した者を生きたまま燃やすなど殺人まで犯すことに。両親と同じく人の命を奪ったディックはスコットランドへと逃亡するも、後に捕まりアイルランドへと送還され、1702年5月に絞首刑に処され死亡した。


■ウィリアム・カリー

 19世紀の英国ヨークで、死刑執行人を務めていたウィリアム・カリー。彼の場合自ら望んで死刑執行人になったわけではなく、窃盗の罪で捕まった際にウィリアムが英国に残る唯一の道として残っていたのが執行人だったという。収監されてから最初の12年間は真面目に仕事をこなしていたウィリアムだったが、その後アルコール依存症に陥ることに。ウィリアムの酷いアルコール依存症は、次第に仕事にも支障をきたし始める。囚人5人を1度に絞首刑に処する際には、立ち位置を見誤ったウィリアムが開閉式の床下へと落ちてしまう事故も起きてしまった。執行人の職を引退したウィリアムは、その後の生涯を救貧院で過ごす羽目になったという。


■ジョン・エリス

 ジョン・エリスは紡績工から美容師へと職を変え、その後1901年から1924年まで死刑執行人を務めた。1924年のある日、ジョンは1人の女性を絞首刑に処したことが原因で酷いうつ病を発症することに。吊るされた女性の下着は血で真っ赤に染まり、噂によると彼女は妊娠していたとか…。妊娠の事実は確認されなかったが、彼女を処刑後にうつ病になったジョンは死刑執行人を引退。その後は舞台で死刑執行人の役を演じる仕事に就いたジョンだったが、自身の精神状態が改善することはなく、1932年にカミソリで喉を切り裂き自殺してしまった。


■パスカ・ローズ&ジャック・ケッチ

 英国で最も悪名高い死刑執行人として知られるジャック・ケッチと助手のパスカ・ローズも、悲惨な最期を遂げた執行人として有名だ。ジャックが州長官に暴言を吐き刑務所に収監中、彼の助手であるパスカが執行人役を務めることに。ところが1686年4月に予期せぬ事件が…。パスカは共犯の男と一緒に白昼堂々、1軒の家に忍び込み衣類の強奪を図ったものの、隣人が2人の姿を目撃し警察に通報。あっけなく捕まった彼らには有罪判決が下され、死刑が執り行われることに。そして刑の執行人に選ばれたのが、驚くべきことに収監中のジャックだった。自らの助手の命を奪った同年に、ジャック自身も命を落としたと伝えられている。
(文=山下史郎)


※イメージ画像:「Thinkstock」より

  • 9/11 7:15
  • TOCANA

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