3点取られても完封勝利? 野球の神様の気まぐれが起こした奇跡とは?

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 今シーズンも印象に残る試合が多かった2014年セ・パ交流戦。そんな中、6月21日には交流戦における、とある新記録が生まれた。則本昂大(楽天)が交流戦史上最多となる4度目の完封勝ちを記録。あのダルビッシュ有(レンジャーズ)が、日本ハム在籍時の2011年にマークした3度の完封を抜く快記録だ。今季の則本はレギュラーシーズンを含めると、すでに5度も完封勝利を記録するなど「ミスター完封」と呼ぶにふさわしい活躍をみせている。

 今回はプロ野球情報を毎週配信しているスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に、「完封」にまつわる話を聞いてみた。

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◎リリーフ投手でも完封勝利が記録

 「完封」とは文字どおり、完全に(相手打線を)封じ込めること。試合開始から終了まで、相手チームに得点を与えることなく無失点に抑え、基本的には1人でその試合を投げ抜くことを指す。当然ながら、ノーヒットノーランや完全試合は完封が大前提だ。

 しかし、過去にはリリーフ投手に完封勝利が記録されたことがある。

 1972(昭和47)年5月9日の大洋vs阪神の一戦で、阪神の先発投手の若生智男が初回、ベースカバーに入った際にアキレス腱を痛めて降板してしまった。無死一、三塁のピンチにリリーフ登板したのは上田二朗。わずか10球のウォーミングアップを終え、試合再開。上田は大洋のクリーンナップトリオ、松原誠、江藤慎一、シピンを内野ゴロに打ち取りピンチを脱出すると、なんとそのまま、9回まで大洋打線から1点もとられることなく投げきり、無失点で勝利投手となったのだった。

 1957(昭和32)年に規定された野球規則に「1回無死無失点の時に代わって出場した投手が、無失点のまま試合を終わったときに限って、完投勝利ではないが完封勝利の記録が与えられる」という条項がある。この規則が初めて適用されたのが上田であった。この「リリーフ登板完封勝利」は現在まで、上田しか記録していない。

◎3点取られても完封勝利?

 上田の場合にしても、相手打線に点を取られてしまった場合は、その時点で完封ではなくなる。しかし、長いプロ野球の歴史のなかでは、こんな珍事もあった。

 1947(昭和22)年8月17日の阪神vs巨人の試合は、6回を終わって4-0と阪神がリード。ここまで阪神の先発投手・御園生崇男は、巨人打線を無失点に抑える好投をみせていた。ところが、7回の表、巨人打線に火がついた。下位打線がチャンスを作り、千葉茂らの安打で御園生から3点をもぎ取ったのだ。

 なおも2死一、三塁と巨人のチャンスは続き、御園生はピンチに陥っていた。しかし、ここで野球の神様は気まぐれな行動に出る。なんと、7回表から降り出した雨が突如強くなり、試合は中断。そのまま雨は止まず、コールドゲームになってしまったのだ。

 ルールでは、両チームが表と裏の回を均等に戦ったイニングまでを記録対象としていた。つまり、この試合では6回までが公式スコアとなる。ということは、7回表に挙げた巨人の得点は認められず、結果、御園生は6回まで巨人打線を0点に抑えたことになり、完封勝利が記録されたのだった。


 今シーズンは13試合に登板し、8勝4敗の成績を挙げている則本。そのうち完投は7度、完封は5度、無四球は4度と、低迷する楽天のなかで“孤軍奮投”している。

 6月21日の登板で、3試合連続で無四球完投を記録した則本は、次回登板で過去6人しか達成していない4試合連続無四死球完投のプロ野球記録に挑戦する。


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