【球界偉人列伝】3000本安打・張本勲が許せなかった2000本安打時のマスコミ報道とは?【マスコミに喝!】

 本日、5月28日は安打製造機・張本勲氏が日本プロ野球で初めて、そして唯一となる3000本安打を達成した記念すべき日だという。最近では「喝っ! のおじいさん」と見られがちな球界の偉人・張本勲氏の印象深いエピソードついて、野球界の事情に詳しいスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に教えてもらった。

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 張本勲氏が3000本安打を達成したのは1980(昭和55)年5月28日のこと。現役22年目、東映・日本ハム、巨人を経て3球団目となるロッテオリオンズ時代の出来事だ。川崎球場での対阪急戦の6回に山口高志からライトスタンドへ6号2ラン本塁打を放ち、日本プロ野球界では前人未到の3000本安打を達成。打った瞬間、張本氏は被っていたヘルメットを空高く放り投げて喜びを爆発させた。

 そこまで喜びを爆発させたのは、「前人未到の大記録だから」という理由のほかに、2000本安打の際の苦い記憶が影響していたのではないだろうか。


 1972(昭和47年)年8月19日、当時東映フライヤーズに所属していた張本氏は、西鉄ライオンズ戦で東尾修から史上7人目となる2000本安打を達成。32歳2カ月での到達は歴代2番目の早さ。……にもかかわらず、翌日のスポーツ紙はどこもこの話題を大きく報道せず、「なお東映の張本選手は4回左前打し2000本安打を記録した」と試合結果の流れの中で、オマケ程度に付け加える程度だった。

 当時、世間からの注目度が低いパ・リーグでの記録達成だったこと。また、ミュンヘン五輪が開幕間際で五輪報道一色だったことなど理由はいろいろあるのだが、この扱いの小ささに一番憤りを感じていたのは間違いなく張本氏本人のはず。今なら「大喝だ!」と騒ぎまくるところだろう。

 それから8年。前人未到の「3000本安打」という大記録だけに、さすがに翌日の新聞はどこも1面での大きな扱いに。張本氏にとっては8年越しで新聞報道にリベンジを果たすことに成功したのだ。

 張本氏は翌1981(昭和56)年までロッテに所属し、最終的には3085本まで安打数を更新している。2008(平成20)年にイチロー(当時マリナーズ)が日米通算3000本安打を記録し、すぐに通算安打数の記録も更新している。だが日本国内で3000本安打を記録する選手は今後、現れないのでは? といわれるほど。金田正一氏(元国鉄ほか)の400勝、王貞治氏(元巨人)の868本塁打と並ぶ、日本球界の中でも飛び抜けた記録であることは間違いない。まさに「アッパレ」な野球人生といえるだろう。

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5月の『週刊野球太郎』の特集は「プロ野球 逆境の男たち~伝説はここから始まる」。張本さんのように戦い続けて、高い壁を乗り越えてきた選手やチームを取り上げていきます!

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