まさに不死鳥! 5度の手術から復活を期すセットアッパー・内竜也とは?

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 ロッテの中継ぎ右腕・内竜也(うち・たつや)が5月8日、1軍に昇格。チーム期待のセットアッパーが、ようやく開幕を迎えた。ここ2~3年、試合終盤の大事な場面に登板するセットアッパーに定着した内は、過去に肩やヒジ、足首などを含めると、合計5度も手術を経験した苦労人でもある。

 そんな内について、プロ野球を始めとする野球情報を毎日発信している、スマホサイト『週刊野球太郎』編集部に取材した。

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◎どんな選手?

 神奈川県川崎市出身の内は、川崎工業高校を卒業後、2003年ドラフト1巡目でロッテに入団。後にヤクルトに入団した加藤幹典(川和高校→慶應義塾大)、同ドラフトでヤクルト入りした吉田幸央(城郷高校)とともに「神奈川公立三羽烏」とよばれた逸材であった。

 プロ入り後は1年目に2軍で最優秀救援投手に輝き、2年目の2006(平成18)年には初の開幕1軍入りを果たす。さらに2007(平成19)年8月には北京プレオリンピックの日本代表に選出されるなど、誰もが認める素質の高さを開花させようと順風満帆なプロ生活を送っていた。

◎5度の手術を経験

 その後、内を悩ませたのが、呪いのようにつきまとうケガとの戦いである。

 2007(平成19)年オフに右肩を手術。翌2008(平成20)年はリハビリなどでシーズンを棒に振り、ようやく2009(平成21)年に1軍に復帰。プロ入り初勝利や、初セーブを挙げた。そして、時の人となった2010(平成22)年。シーズン終盤に2日連続で勝利投手になるなど、突然の大活躍。リーグ3位からの日本一獲得に大きく貢献し、日本シリーズでは優秀選手にも輝いた。

 しかし、期待された2011(平成23)年は右足首痛で出遅れると、夏場には右ヒジ痛を発症してファーム落ち。その後、右ヒジ手術を受けて再び長いリハビリ生活を余儀なくされた。翌シーズンは5月にようやく復帰を果たすも、今度は右足首痛を発症。9月に一度復帰したが、なんと再び痛めてしまい、10月には右足首の手術に踏み切った。

 開幕から少し遅れて復帰した昨シーズンは、登板した26試合で1勝2セーブ13ホールド、防御率1.05と安定した投球をみせたが、内の悲劇はまだまだ続く。再び右足首を故障してオフには3度目となる同じ箇所の手術を決行。これでプロ入り後の手術回数は、合計5回目となった。

◎プロ11年目の今季こそ、ケガなきシーズンに

 実はこの内、高校3年の秋頃には、友達の家の階段を踏み外して足首を捻ってしまったことがあったという。ちょうどドラフトが開催される直前ということもあって、周囲をヒヤヒヤさせたそうだ。もしかしたら、これが右足首痛の元凶だったのかも?

 また内は前述したように、公立高校の出身。練習量は少なく、私立高校の練習量とは圧倒的な差があった。内自身も特別な練習をしたわけではなく、その素質だけでドラフト候補に挙げられたのだ。そんな内に対して、同学年の選手から「どんな練習をしているのか?」と聞かれるのが、いちばん困ったという。

 当時のインタビューで内は「私学は練習がキツそうで、行かなくて良かった」、「もし私学に行っていたら、練習についていけず、高校中退してもう働いていますね」と弱気なコメントを連発。

 のびのび野球ができた高校だからこそ、今も野球を続けている内がいる反面、そこでの練習量の少なさが、プロの過酷なシーズンを故障なく毎年過ごす体の強さの不足につながっているのかもしれない。

 しかし、ケガと手術を繰り返しながらも1軍に戻ってきては好投を繰り返す内。ケガのたびに強い体を手に入れていっている、という風に考えることもできる。ケガなくフルシーズンでの活躍は今年も叶わなかったが、今シーズンのこれからの活躍、そしていつか、ケガのない1年を過ごすことを切に願っている。

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5月の『週刊野球太郎』の特集は「プロ野球 逆境の男たち~伝説はここから始まる」。内のようなケガをくぐり抜けてきた選手、低迷期を脱してきたチームを続々と取り上げていきます!

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  • Scoopie News

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