センバツだけの歴史に残る「完全試合男」のいま。100年弱の歴史で経った2人の快挙!

 ドラマチックな展開が多い、今年のセンバツ。その先駆けとなったのは、27日の第3試合にも登場した履正社高。1回戦で2年生エース・溝田悠人が、あわやノーヒットノーランの好投をみせた。9回1死まで無安打だったものの、三塁内野安打を打たれ、記録達成とはいかなかった。それでも、走者を出したのは、初回の失策とこの内野安打のみ。スポーツに「たら・れば」は禁物と言われるが、もしかしたら、ノーヒットノーランや完全試合が生まれていたかもしれない。

 そんな完全試合はセンバツで2度達成されている。高校野球情報に詳しいスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に完全試合の裏話について聞いてみた。

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◎わずか78球。小柄な投手がデッカい仕事をやってのけた!

 さかのぼること36年前。春、夏の甲子園大会で半世紀もの間、誰も達成することができなかった快挙が1978(昭和53)年の第50回大会で生まれた。

 大会4日目の第3試合、前橋高の松本稔は抜群の制球力で比叡山高打線を手玉にとり、わずか78球で完全試合を達成した。初球がボールになったのは3度だけ。フルカウントになったのは1度だけで、ボールは合計11球しかなかった。

 9回2死、27人目の打者が打席に入る時、マウンド上の松本はさすがにプレッシャーを感じたのか、一瞬だけ空を見上げたという。しかし、初球を投手ゴロに仕留めて、大記録を成し遂げた。

◎一塁手の好判断で大記録達成! 試合時間はわずか1時間28分

 2回目の完全試合が生まれたのは1994(平成6)年、第66回大会。金沢高の中野真博が、江の川(現石見智翠館高)を相手に達成している。

 中野はストレートとスライダーを織り交ぜ、カーブも効果的に使いながら江の川高打線を翻弄。フルカウントになったのは2回だけ、というストライク先行の投球で、わずか99球、試合時間は1時間28分での大記録を達成した。

 唯一のピンチだったのが、記録達成が現実味を帯びてきた9回表。先頭打者の当たりは中野と一塁手の間に転がり、2人は一瞬お見合いをした。しかし、一塁手の好判断で走者に飛びついてタッチアウト。難を逃れた後は、落ち着いて後続を打ち取った。

◎その後の「完全試合男」は?

 松本も中野も、高校卒業後は大学に進学して野球を続けた。松本は大学院を卒業時に高校教員の資格を取得。地元の群馬・中央高に赴任し、野球部の監督に就任。県大会を制して、夏の甲子園に出場している。思い出のセンバツには、2002(平成14)年の第74回大会に母校の前橋高監督として戻ってきた。

 一方の中野は、青山学院大卒業後に社会人野球の名門・東芝に入社。2008年には日産自動車の補強選手として、都市対抗野球にも出場するなど活躍した。現在は東芝の投手コーチをしている。

(参考文献/不滅の高校野球・松尾俊治著)


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この記事のみんなのコメント

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  • 松本投手の完全試合は憶えている。確かに最後はピッチャーゴロやったな。夏は1982年に佐賀商の新谷投手があと一人からデッドボールで完全試合を逸したのもはっきり憶えている。

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