【球界セカンドキャリア考】馬場さん、ジャンボ、新庄......プロ野球から異業種スポーツに転身した戦い続ける男たち!!

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 昨季限りでユニフォームを脱いだ山﨑武司(元中日ほか)が4輪レースにチャレンジすることを表明し、話題になっている。プロ野球選手のセカンドキャリアとして、他のスポーツに挑む例は過去にどれくらいあったのか。プロ野球の裏事情に詳しいスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に話を聞いた。

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【プロレスラーへの転身】

 異業種に挑んだ例でもっとも有名なのが、プロレスラーのジャイアント馬場こと、馬場正平(故人)だろう。馬場は1955年に投手として巨人に入団。長嶋茂雄がプロ入り後に初めてキャッチボールをした相手であり、新人時代の王貞治の打撃投手を務めたこともある。

 その後、目の病気もあって1959年オフに戦力外通告。翌年、大洋のテストを受けたものの、風呂場で転倒し大怪我を負う。これで野球を断念した馬場は、力道山を訪ねてプロレスの道へ進んだ。

【プロゴルファーへの転身】

 甲子園でも活躍したのが、プロゴルファーの尾崎将司だ。海南高(徳島、現・海部高)時代、1964年春のセンバツでは初出場初優勝の偉業を成し遂げている。翌1965年に西鉄ライオンズに投手として入団。しかし、投手としては芽が出ず、打者転向後も結果が出なかった尾崎は1967年オフに引退を決意する。

 その後、1970年にプロテスト合格。この時に、名前も本名の「正司」から「将司」に改名した。その後の活躍は言うまでもないだろう。

【モトクロスレーサーへの転身】

 山﨑武史同様、レーサーを目指しているのが、メジャーでも活躍した新庄剛志だ。2006年オフに日本ハムを引退後、インドネシア・バリ島へ移住。自宅にモトクロスバイクのコースを建設し(その費用、2000万円とも8000万円ともいわれる)、自身の練習とインドネシアの選手育成に励んでいる。

 この他にも、格闘家としてリングにあがった古木克明(元横浜ほか)、競輪の道に進んだ北野良栄(元ソフトバンク)などが代表例だ。類稀な身体能力と勝負度胸をもったプロ野球選手だけに、他業種でも結果を残す例が多い。直近でもオリックスから戦力外通告を受けた梶本勇介(写真の選手です)が7人制ラグビーに誘われ、トライアウトを受験し合格した。まだ、ラグビーに転身するか、野球を続けるか決めかねているという。

 山﨑は、市販車によるレースシリーズ「GAZOO Racing 86/BRZ Race」に参戦。ライセンス取得などを経て夏場にデビューする予定だ。

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