赤、青、金、虹、漆......球界を彩ってきた艶やかなカラーバットたち

 先日、故郷・石川に2年ぶりに帰郷した松井秀喜氏(元巨人ほか)。国民栄誉賞受賞以降初の石川入り、ということもあって、地元は大いに沸いた。石川県能美市では市民栄誉賞を授与され、同県輪島市の市長からは輪島塗の特注バットが贈られた。

 特注バットといえば、昨年の国民栄誉賞で「金バット」が贈られたことも記憶に新しい。しかし歴史をさかのぼれば、球界では他にも様々な「特注バット」があったという。そこで、野球の歴史にも詳しいスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に、バットにまつわるうんちくを聞いた。

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 戦後の野球人気は「バット」とともに始まった、と言っても過言ではない。太平洋戦争直後の1946年にペナントレースが復活すると、川上哲治(元巨人)の「赤バット」、大下弘(元東急ほか)の「青バット」が野球少年たちから支持を集めた。しかし、塗料が粗悪でボールに色が付いてしまうなどという理由で、カラーバットの使用は翌年には禁止になってしまった。

 その後、2002年から着色バットの使用が認められたが、2005年からは国際規格に合わせて淡黄色が禁止され、自然色と合わせて、こげ茶、赤褐色、黒の3色のみが認められることに。さらに2011年からは、着色する場合でも木目の確認しやすい程度の色の濃さにすることが定められている。

 国民栄誉賞で長嶋・松井両氏に「金のバット」が贈られたが、2005年のオールスターで新庄剛志(当時日本ハム)は金色に着色されたバットを持って打席に立ち、2006年のオールスターでは虹色のバットを使用して話題を集めた。いずれも公式戦では違反となるが、オールスターというお祭りであること、さらに球審が木製のバットであることを確認し、使用が黙認された背景がある。

 今回、松井氏に贈られた輪島塗バットは長さが85センチ、重さ約1キロ。上塗りには黒漆が用いられ、大リーグ移籍後初の本塁打を放つ松井氏の姿や、現役時代の背番号「55」などが黄金色の蒔絵(まきえ)で描かれている。同じく国民栄誉賞を受賞した長嶋茂雄氏には、既に昨年末に漆塗りバットが贈られているそうだ。

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