80年前、アメリカ人に東洋的神秘を"かんじ"させたユニフォームとは!?

 1934(昭和9)年に誕生した日本プロ野球。2014年の今年は誕生から80周年となる。

 その80年前は、現代のプロ野球の世界では考えられない、驚きの仰天秘話がたくさんあったという。今オフもプロ野球情報満載のスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に、その当時の驚くべき状況を聞いた。

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【ユニフォームは和洋折衷!】

 1934(昭和9)年12月26日に誕生した日本初の職業野球チーム・大日本東京野球倶楽部は、打倒米国を目標に掲げ、米国遠征に出発。1935(昭和10)年2月27日にサンフランシスコに到着すると、各地を転戦して100試合近くを戦った。

 当時のユニフォームは米国では珍しいシロモノだった。全体の色は淡紺色で、左腕に縦書きの漢字で「日本」と書かれ、左胸に「日の丸」を施し、その上にローマ字で「TOKYO」。濃紺の帽子には東京の頭文字「T」がマークされていた。

 そして背番号はなんと漢数字を使用。スタルヒンは「十八」、沢村栄治は「十七」などと縫い付けられていたという。このユニフォームはアメリカ人には東洋的な神秘を感じさせ、宣伝効果は抜群だったという。

【帰国するも日本では対戦相手がいない巨人軍】

 ちなみにこの米国遠征中に大日本東京野球倶楽部から「トウキョウ・ジャイアンツ」に呼び名が変わり、7月16日の帰国後、正式に「巨人軍」と改称された。もちろん現在の読売ジャイアンツの前身である。

 その巨人軍は帰国するも、当時の日本には対戦相手となる職業野球チームがなかった。そこで9月から約2カ月にわたり、現在の社会人野球チームに相当する実業団チームを相手に北海道から九州まで、全国縦断の旅に出た。

 試合は少しでも観客を入れようと、1日2試合は当たり前。巨人軍は40試合で36勝3敗1分の好成績だった。しかし、アマチュアに負けたことがたたって、当時の三宅大輔監督はこの年のオフ、ユニフォームを脱ぐことになったそうだ。

 この盛り上がりに乗じて、巨人軍にならうように日本各地で職業野球団が結成された。金鯱軍、名古屋軍、阪急軍、大阪タイガースなどが球団創立の動きをみせ、翌1936(昭和11)年には巨人軍を含めた7球団が出そろい、日本職業野球連盟が結成されたのだった。

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