今年はプロ野球80周年!もしかしたら日本初のメジャーリーガーは沢村栄治だったかもしれない当時の仰天秘話!!

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 今年は日本のプロ野球が誕生して80周年。今年から遡ること1934(昭和9)年に誕生した大日本東京野球倶楽部がその発端であり、当時来日した全米オールスターチームとの対戦のために編成された全日本チームがその礎となった歴史がある。これがいわゆる、現在の巨人軍になるわけだ。

 しかしその80年前は、今のプロ野球の世界では考えられない秘話がたくさんあったという。プロもアマチュアも野球情報ならここにおまかせ! スマホサイト『週刊野球太郎』編集部に、その当時の驚くべき状況を聞いた。
(画像はイラストレーター・横山英史氏による「沢村栄治」)

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【打倒米国を目標に猛特訓スタート!】

 1934年の11月に日本で行われた日米野球で米国に完敗した全日本。ベーブ・ルースに13本も本塁打を打たれ、18戦全敗を喫した。その後、12月26日に正式に大日本東京野球倶楽部と名を変え、我が国初の職業野球チームが誕生したのだった。

 結成当時の目標はもちろん、打倒米国。年が明けた1935年の1月14日から、全選手が静岡・草薙球場に集結し、猛特訓がスタート。朝7時半起床、8時朝食、8~9時は縄跳びとランニング、10時の昼食を挟んで11~16時まで練習。夜はルールなどの研究会に充てられ、23時に就床と、野球漬けの毎日を過ごしていたという。

【危うく引き抜かれそうになった沢村栄治!】

 猛練習を経て、米国遠征に出発した大日本東京野球倶楽部。2月27日にサンフランシスコに到着すると、3カ月半の間に米国各地で100試合近くを行い、マイナーリーグレベルのチームを相手に勝ち越すなど、米国でも注目の存在となったそうだ。

 そこで事件が起こる。遠征も終わりに近づいた6月、外野を守っていた沢村栄治に中年の男が声を掛け、ペンと紙を差し出した。何を言っているのかわからなかった沢村は、サインを欲しがっていると思い、快くサインした。

 すると試合後、この男がやってきて「スクールボーイ(沢村の愛称)はいつ、俺のチームに入団するんだ?」と要求してきた。なんと、沢村がサインしたのは入団契約書。知らずにサインしてしまったのだった。強硬に迫る男だったが、同行していたマネージャーの鈴木惣太郎は「うちのチームは米国の野球機構に属していないから、この契約書は無意味だ」と反論。なんとか事件は収まったという。

【米国で決定した東京巨人軍の名前】

 多くの試合をこなしてきた、とある日にマネージャー・鈴木惣太郎が「試合前にいつもチーム名を紹介するとき、名称が長すぎるから何か他にいい名前はないだろうか」と思案。すると米国側の顧問、フランク・オドゥールが「それでは米国で人気のあるジャイアンツかヤンキースにすればよいだろう」と提案した。鈴木は日本語に訳すと「ジャイアントは巨人。ヤンキースは適当な日本語がない」と判断し、その結果、『トウキョウ・ジャイアンツ』に決まったのだった。

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当時の沢村栄治の躍動感がイラストで復活!「横山英史のベースボールイラストレーション」

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