今年はプロ野球80周年! その誕生の秘密に迫る!!

 いよいよやってきた2014年。実は今年は日本のプロ野球が誕生して80周年の記念すべき年なのである。2014年もありとあらゆる野球情報が満載のスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に日本プロ野球の成り立ちを聞いてみた。

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【1934年、大日本東京野球倶楽部が誕生!】

 さかのぼること80年前。1934(昭和9)年6月11日に、職業野球団創立事務所が開設され、当時の読売新聞運動部長の市岡忠男という人物が、来日予定の米国チームと対戦する全日本チームの編成に着手。同時に米国との試合が終了した後、日本に職業野球団を創立するため、内密に大日本東京野球倶楽部という名の野球チームの編成も始めた。

【契約年俸は当時で2000円!】

 市岡はまず手はじめに、早稲田大出身、早慶戦でホームスチールを決めるなど、有名人となった三原脩に声をかけた。三原にとって市岡は早稲田大時代の監督であり、断るわけにもいかない三原は契約書にサイン。契約年俸は2000円。当時、熟練工の職人の月給は100円前後だったという。

【全米チームと対戦も全敗に終わる...】

 こうして選手たちが集められ、この年の11月2日に来日したベーブ・ルースら米大リーグ野球選抜チームと対決。だが全日本チームは、18戦全敗と完敗に終わる。

 当時17歳だった沢村栄治は草薙球場で行われた試合では9奪三振、被安打5に抑え、7回にルー・ゲーリックに本塁打を打たれた1点に抑え、1-0で負け投手になった。しかし、その健闘をたたえ、草薙球場には沢村の銅像が建てられている。

【日米野球をきっかけに、現在の巨人軍が誕生!】

 この日米野球を契機として、年も押し迫った12月26日に株式会社大日本東京野球倶楽部の創立総会が開かれ、役員と選手らが発表された。

 ちなみにこの大日本東京野球倶楽部は現在の読売ジャイアンツの母体であり、日本初となる職業野球組織が誕生。日本のプロ野球の歴史がスタートしたのだった。


 NPBでは今シーズン迎える80周年を記念し、その象徴として「日本プロ野球80周年シンボルマーク」を設定。今シーズンは12球団の帽子にそのワッペンをつけてプレーすることが決定している。

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当時の沢村栄治の躍動感がイラストで復活!「横山英史のベースボールイラストレーション」

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