球界が揺れている! 「ポスティングシステム」の意外な歴史

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 今年のストーブリーグ最大の焦点は、田中将大(楽天)がMLBに移籍できるかどうかに尽きるだろう。日米間で合意に達していた「新ポスティングシステム」をMLB側が取り下げ、再度修正案を提出することになっている。年内に決着か、という声も聞こえてくるが、まだまだ先行き不透明だ。

 さて、新ポスティングの1号候補が田中なら、従来のポスティング第1号は誰? と聞かれれば、多くの人が「イチロー」と答えるのではないだろうか。しかし、実際にはイチローが第1号ではなかった! 球界の歴史にも詳しいスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に、ポスティングシステムの歴史について聞いた。

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 そもそもポスティングシステムとは、海外移籍ができるFA権(取得には最低9年必要)を持っていない選手が少しでも早くMLBの球団に入りたいと希望し、それを所属球団が認めた場合に行われる制度で、1998年に創設された。移籍可能なチームは最高金額の入札を行ったチームに限られ、選手自身は移籍先のチームを選ぶ権利が与えられない。また、ポスティングによって落札した球団と交渉をしても、30日以内に契約できなかった場合や入札額が低いため日本の球団が拒否した場合は、選手は元々の所属チームに残留することになる。

 このポスティングシステムを利用して、2000年にオリックスからシアトル・マリナーズへ移籍をしたのがイチローだ。そしてこの移籍劇が「ポスティング第1号」と思われがちなのだが、実際には違う。

 なんと、日本人選手の権利拡大として作られた制度にもかかわらず、第1号は外国人選手だったのだ! その選手とは、当時広島に所属していたアレファンドロ・ケサダ。1998年にカープアカデミーから広島へ入団。その年のシーズン後半になって一軍に上がったばかりの選手だった。翌年以降の本格的な活躍を期待されていたが、シーズン終了後に、施行されたばかりの「ポスティングシステム」を利用してメジャーリーグへの移籍を希望。広島球団がこれを認め、シンシナティ・レッズが落札(※移籍金は約40万ドル)した。ここに、初のポスティングシステムによる移籍選手が誕生したのだった。

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 今回、アメリカ側は入札額の高騰化について、日本側は選手に球団を選択する自由が全くない点や、落札しても入団に至らないケースなどを問題点とし、交渉を重ねていたのだが、まだ解決には至っていない。果たして田中将大は、新ポスティング第1号となれるのだろうか。

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