【プロ野球偉人列伝】"二刀流"も真っ青。1試合の中で全守備位置を守ったスゴい選手がいた!

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 2013年のプロ野球を振り返るとき、"二刀流"大谷翔平(日本ハム)の活躍は抜きには語れないだろう。投げては150キロ、打ってはホームラン、守ってもレーザービーム......野球ファンならずともワクワクしてしまう、不思議な存在感があった。ところが、プロ野球史をさかのぼると、"二刀流"よりもすごい"九刀流"選手が存在したという。一体どういうことなのか、野球の歴史にも詳しいスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に話を聞いた。


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【1試合で全守備位置を守った男】

 大谷の"二刀流"は「投打二刀流」だが、ここでいう"九刀流"とは「一人で全守備位置を守る」ということ。しかも、たった一試合でこれを達成したスゴい選手がいる。その選手とは南海や日本ハム、ロッテなどで活躍した高橋博士だ。

 日本ハム時代の1974年9月29日に行われた対南海戦でこの「1試合で全守備位置を守る」という珍記録が生まれた。キッカケは当時の三原修球団社長がファンサービスの一環として考案したもので、消化試合のダブルヘッダーでこれが実現した。

 高橋は元々捕手として南海にプロ入りした選手だったが、当時の南海ホークスの正捕手はあの野村克也。プレイングマネージャーだった野村は、野球センス溢れる高橋をどうにか試合に出せないかと考え、高橋を内野手登録へ変更。1971年には三塁手や遊撃手として主に出場し、オールスターへの出場も果たしている。その類稀なる野球センスがあってこそ、「1試合で全守備位置を守る」という偉業を成し遂げることができたのだ。

【全ての守備位置を守り、全打順でホームランを打った男】

 「1試合で全守備位置を守る」という記録は長いプロ野球史の中でも高橋しか達成できていないが、「キャリアを通じて全守備位置を守った男」ならもう一人いた。それが、ロッテやオリックス、近鉄で活躍した五十嵐章人だ。

 五十嵐は前橋商高校時代には投手として甲子園にも出場。その後、社会人時代に外野手に転向し、1990年のドラフトでロッテオリオンズに入団した選手だ。その五十嵐が、様々なポジションを守るキッカケとなったのが1995年5月7日の試合でのこと。ケガや病気、選手交代などの影響で捕手がいなくなり、急遽、五十嵐が捕手として出場することになったのだ。

 その後、オリックスに移籍すると、そこで待っていたのが仰木彬監督。おなじみの「仰木マジック」で様々なポジションを経験した後、2000年の対近鉄戦でプロ入り後、はじめてマウンドにのぼり、プロ野球史上2人目となる全ポジション出場を達成した。

 この五十嵐にはもう一つ、別な珍記録がある。それが「全打順本塁打」で、2002年の近鉄時代に達成している。この記録もプロ野球史上わずか6人しかいない(※当時。現在では9人が達成している)快挙だった。

 プロ1年目は投手として3勝、打者としては3本塁打、打率.238に終わった大谷。二年目以降も二刀流に挑戦し、ぜひ過去の先輩たちに負けない大記録を打ち立てて欲しい。

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