秋はサヨナラの季節。引退試合と「背番号3」の意外な縁とは?

 プロ野球選手の「進退」に揺れる秋。今月10日には静岡草薙球場でトライアウトが行われ、来季もNPBでのプレーを望む65名の野球人が参加。その勇姿を見ようと、悪天候の中、1万人もの観客が駆けつけた。

 そして、今週22日(金)には、ナゴヤ球場で2回目のトライアウトが開催される。ここで12球団から声がかからなければ、「引退」を選ぶ選手も出てくるだろう。もちろん、「引退試合」などなく、このトライアウトでのプレーを引退試合代わりとして臨む選手もいるという。

 一握りのスター選手しか許されない「引退試合」だが、かつては11月15日以降、つまり、シーズン終了後の今この時期に行うことが決められていたという。一体どういうことなのか、野球の歴史に詳しいスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に、プロ野球界における引退試合の歴史を聞いた。


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【引退試合にも、かつては規定があった】

 1975年まで、日本プロフェッショナル野球協約にはこんな一文があった。

「顕著な功績をもつすべての10年選手は所属クラブとの合意に基づき、かつ最終的に現役を引退するにさいし、希望する地域において毎年11月15日以後エキジビションゲームとして引退試合を主催し、その収益金を取得することができる」

 つまり、当初はあくまでも「エキシビションゲーム」として行うものが引退試合だったのだ。感覚としては、大相撲の引退相撲に近いだろう。

【引退試合第一号は、あの「背番号3」】

 上記の野球協約に則って、日本プロ野球で最初に引退試合を行ったのが、「猛牛」のニックネームで親しまれ、ジャイアンツの名二塁手として人気を集めた千葉茂だといわれている。

 その千葉が背負っていた「背番号3」を受け継いだ長嶋茂雄が、後に「我が巨人軍は永久に不滅です」の名文句とともに歴史に残る引退試合を行ったのだから、「背番号3」と引退試合には深い縁があったということだろう。

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