今日は「指名打者の日」。歴代最強指名打者は誰だ?

 本日11月18日は、1974年にパ・リーグが指名打者(DH)制の導入を決定した日だ。プロ野球ファンであれば、「指名打者の日」と呼んでもいいかもしれない。

 過去、パ・リーグには様々な名物指名打者が存在したが、その時代時代で最強打者は誰だったのだろうか? スマホサイト『週刊野球太郎』編集部に、各年代ごとの指名打者伝説を聞いた。


     *   *   *

【1970年代】

 1975年シーズンからスタートした指名打者制度において、最初に脚光を浴びたのが長池徳二(徳士)だ。現役時代は阪急ブレーブス一筋、「ミスター・ブレーブス」と呼ばれた長池は、本塁打王と打点王を3度ずつ獲得、MVPにも2度選出されたパ・リーグ史に残る強打者だった。

 そして指名打者として初のベストナインに選出された1975年、チームも初の日本シリーズ優勝を果たし、勝利に導く指名打者となった。

【1980年代】

 1980年代の指名打者として真っ先に浮かぶのは、不惑の大砲・門田博光(元南海ほか)だろう。

 1979年にアキレス腱を断裂した門田にとって、守備の負担がない指名打者はまさに"天職"。「全打席ホームランを狙う」と豪語し、1981年、1983年、1988年、1989年と4度も指名打者ベストナインに選出された。

 特に40歳で迎えた1988年は44本塁打、125打点で本塁打王、打点王の二冠王に輝き、さらにはMVPにも選出。40歳を意味する「不惑」はこの年の流行語にもなった。

【1990年代】

 外国人の助っ人全盛ともいえる90年代。近鉄を優勝に導いたブライアント、同じくオリックスを優勝に導いたニールの名も忘れられないが、やはり、西武黄金時代を築いた一人、デストラーデの名は外せないだろう。

 「カリブの怪人」の異名で活躍したデストラーデは、打点王を2年連続(1990年、1991年)で獲得。さらには本塁打王は3年連続(1990年~1992年)で獲得し、この3年間、指名打者ベストナインにも選出された。指名打者部門で3年連続選出はいまだにデストラーデのみの快挙だ。

【2000年代】

 2000年代を代表する指名打者には、今年引退した山﨑武司を選出したい。だが、山﨑が活躍したのは後半の5年間。2000年代前半は不遇の時代を過ごしている。

 中日時代の1996年に本塁打王に輝いた山﨑だったが、2000年代に入ると突如失速。2003年にはオリックスにトレードに出されるも、成績不振から2004年には戦力外通告の憂き目にもあった。

 しかし、新規参入した楽天に入団すると、2006年から就任した野村克也監督のもと配球を学び直し、2007年には打点王と本塁打王の二冠を獲得。両リーグでの本塁打王獲得は、史上3人目の快挙だった。


 そして2010年代、まだ「コイツだ!」という、時代を代表する指名打者は出ていない。だが、交流戦や日本シリーズなど、この10年間でパ・リーグがセ・リーグを圧倒している背景には、この指名打者制度を熟知し、投手起用や代打攻勢に成功していることも一因として挙げられるのではないだろうか。

 これからのポストシーズン、新外国人選手の補強やFA移籍などにおいて、指名打者が誰になるか、に注目してみるのも面白い視点になるはずだ。


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  • 11/18 10:31
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