運命、バラ、ポケットマネー......FA制度と長嶋茂雄をめぐる3つの物語

 契約更改、トライアウト、新外国人の獲得など、来季の選手動向が活発化するプロ野球界。中でも注目が集まるのがFA(フリーエージェント)移籍だ。今季は、西武・涌井秀章、阪神・久保康友、広島・大竹寛らの動向に注目が集まり、各球団がラブコールを送っている。

 過去、このFA制度を最も活用し、幾多のドラマを生み出してきたのが巨人監督時代の長嶋茂雄氏だ。そこで、スマホサイト『週刊野球太郎』編集部に、過去の長嶋茂雄FA交渉の中から、特に印象深いエピソードを3つ教えてもらった。


     *   *   *

【FA初年度。落合と長嶋の運命の邂逅】

 日本でFA制度が導入された初年度の1993年オフ。話題を独占したのは、1993年のシーズンから巨人軍の監督に復帰した長嶋茂雄氏の熱烈ラブコールを受け、中日から巨人へと移籍した落合博満だ。会見では「長嶋さんを胴上げするために来ました」と述べ、そして翌1994年、伝説の「10.8」の死闘を制して、本当に長嶋を胴上げに導いた。

 実は落合は、会社をさぼってまで長嶋茂雄の引退試合を観に行った生粋の長嶋ファン。FA制度の始まりと長嶋茂雄の巨人復帰、そして落合FA移籍は、運命のように決まっていたことなのかもしれない。

【槇原への「17本のバラ」伝説の真相】

 FA初年度には落合のほか、松永浩美(阪神→ダイエー)、駒田徳広(巨人→横浜)、石嶺和彦(オリックス→阪神)らがいたが、FA宣言をした選手はもう一人いた。それが巨人のエースとして活躍していた槇原寛己だ。

 その槇原を翻意させるため、長嶋監督が槙原の自宅へ背番号と同じ「17本」のバラを贈ったことは有名なエピソードだ。ところがこのバラ、実は17本ではなくて20本だったという。

 槇原曰く「監督が、そんな細かいこと気にするわけないでしょう」とは、言われてみればもっともな話である。

【吉井理人に提示された金額。実際の額は...】

 「長嶋監督とFA」といえば、広澤克己(ヤクルト→巨人)、清原和博(西武→巨人)、江藤智(広島→巨人)、工藤公康(ダイエー→巨人)といった他チームのエースや4番を次から次と獲得した印象が大きい。だが実際には、交渉に失敗した例もある。その一人がヤクルトからFA宣言をした吉井理人だ。

 ヤクルトでの年俸が9500万円だった吉井に対し、巨人は4年8億を提示した、というのが当時の新聞報道だったが、この内容に関して、吉井本人が自著『投手論』の中で否定。実は、4年で12億円という、超破格の待遇だったというのだ。さらに、メジャー挑戦に憧れを抱き、態度を保留していた吉井に対し、長嶋氏から「わかった。それなら私のポケットマネーでもう1億出しましょう」と提案があったというのだから驚かされる。

 しかし、吉井はこの話を断り、夢だったメジャー挑戦を選んだ。その男気に敬意を評したい。

 毎年様々なドラマが生まれ、人間関係も垣間見えるFA制度。今年はどんなドラマが演じられるのだろうか。

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