開催権剥奪の悲劇! 日本シリーズとKスタ宮城の浅からぬ因縁

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 熱戦続く日本シリーズ。舞台は東京ドームから再び仙台・日本製紙クリネックススタジアム宮城(Kスタ宮城)へと移動する。しかも、ホームの楽天が王手をかけたこの状況、杜の都が熱く燃えないわけがない。このKスタ宮城、日本シリーズとへ因縁浅からぬ関係があるのをご存知だろうか? プロ野球の歴史に詳しいスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に話を聞いた。


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【実は日本シリーズと同い年】

 開場以来、はじめての日本シリーズ開催を迎えたKスタ宮城、こと、宮城球場。この球場が開業したのは1950(昭和25)年のこと。1950年とは、第1回日本シリーズが開催された年である。実に63年の月日を超えて、同じ年に生まれた野球界の伝統が相まみえているのだ。

【日本シリーズ開催を剥奪された過去】

 若い野球ファンはご存じないかもしれないが、宮城球場をフランチャイズにしたプロ野球チームは楽天が初めてではない。1973(昭和48)年から1977(昭和52)年までの5年間、ロッテオリオンズが本拠地として使用した歴史があるのだ(※1973年は準本拠地)。

 そして1974(昭和49)年にはロッテがパ・リーグのプレーオフを制し、日本シリーズへ進出(対戦相手はエース・星野仙一を擁した中日ドラゴンズ)。東北初の日本シリーズ開催か? と思われたのだが......。

【開催権を剥奪された過去】

 結局、1974年の日本シリーズで、宮城球場での試合は行われず、ロッテは後楽園球場をホームに日本シリーズが行われた。当時、2万人でも超満員だった宮城球場では収益が見込めない、という野球機構の判断のためだ。

 実は2013(平成25)年の今季開幕時点でも2万3000人程度の収容人員しかなかなく、日本シリーズ開催も一部では危ぶむ声があった。しかし、今シーズン中に仮説スタンドを設置(三塁側仮設席の愛称を「蔵王」、レフト側仮設席の愛称を「栗駒」と呼ぶ)し、最大収容人数は2万5651人に増加。立ち見席も含めると2万8000人の収容人数を確保し、無事、日本シリーズ開催へとこぎつけたのだ。

【劇的な展開や生まれやすい球場】

 この宮城球場。プロ野球の開催数は他のフランチャイズ球場に比べてぐっと少ないにもかかわらず、過去に2人の完全試合投手を生み出している。過去15人しか成し遂げていないことを考えると、実に縁起のいい球場と見ることができる。

 今年の日本シリーズでも、Kスタ宮城でこの後どんなドラマが生まれるのか。ますます目が離せない。


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