祝!バレンティン60号~これだけ知っていれば自慢できる! 古今東西ホームラン秘話

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 バレンティン(ヤクルト)がついに大台に乗せた。10月4日の阪神戦の6回裏、ライトスタンドにライナーで突き刺さるホームランは今シーズン60本目となり、自身が持つシーズン最多本塁打記録の日本記録を更新。シーズン60本塁打を達成したのはメジャーリーガーでも5人しかおらず、また当然ながら日本では誰も記録していないのだから、バレンティンには「あっぱれ」と讃辞を送るしかないだろう。

 今シーズン、大いにファンを沸かせてくれたそのホームランについて、マニアックな野球ファンのなかで人気のスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に、「ホームラン」にまつわるのあれこれを聞いてみた。

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【なんと! 飛距離50センチのホームラン!?】

 最初はウソのようなホントの話。1902(明治35)年、米国マイナーリーグでのミネアポリスvsセントポール戦は大雨のなかで行われ、グラウンドはぬかるんでいた。ミネアポリスのアンディ・オイラーの打席で、よけたバットに投球が当たり打球は投手と捕手の間に転がるゴロとなった。オイラーは慌てて一塁へ走るも、セントポールの野手は必死でボールを探している。訳の分からないままダイヤモンドを一周し、ホームインするオイラー。実はぬかるんだグラウンドにボールが泥にまみれて埋まってしまい、見つけることができなかったという。ボールはホームベースのすぐ前にあったので、推定飛距離50cmのホームランが記録されたのだった。

【ああ涙...唯一の「幻のホームラン」】

 雨でノーゲームになるとその試合で出たホームランは無効になる。よく「幻のホームラン」といわれるが、違う意味での「幻」はこの1本。

 1951(昭和26)年6月27日阪神vs松竹戦で駒田桂二(阪神)がホームランを打ったのだが、この投球はボークを取られたため無効となってしまった。現在は規則が変わって、同じようなケースでもホームランと認められるので、駒田のホームランはこれから先、二度と出ない幻のホームランなのだ。

【最初は何も貰えなかった? 東京ドームの看板直撃弾の秘話】

 最近では珍しくなくなった「看板直撃ホームラン」は、東京ドームができたばかりの頃はその飛距離に驚かされたものだ。

 その東京ドームの看板直撃弾第1号は現ソフトバンク監督の秋山幸二が1988(昭和63)年7月17日に放った一発。広告看板に直撃するとその広告主から賞品や賞金が貰える...という話を聞くが、当初はそんなことはなかったという。第1号を放った秋山選手が「看板に当てたんだから、何か賞がでるんじゃないの。ハワイ旅行とかさ。ねえ、新聞でアピールしてよ」とマスコミに訴え、それがもとで賞金や賞品が出るようになったそうだ。

 その後、看板直撃ホームランを放ち、初めて賞金をゲットしたのは1990(平成2)年、当時オリックスに所属していた史上最強のスイッチヒッター・松永浩美だ。

 また「史上最も劇的なホームラン」といえば、2001(平成13)年9月26日の近鉄vsオリックス戦で、北川博敏(当時近鉄)が放ったホームランだろう。今でも語り継がれる「代打逆転サヨナラ優勝決定満塁本塁打」はあまりにも有名だ。バレンティンの60号も、今シーズン本拠地最終戦、さらには今季限りでの現役引退を表明している宮本慎也の引退試合で放った一発であり、劇的なホームランといえるだろう。


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